ランナーズハイ:脳に快感を与えるベータエンドルフィン、エンケファリンなどの作用


ランニングでも水泳でもサイクリングでも、有酸素運動を続けると、心肺機能と内分泌系の機能が改善するなど健康に良いということはよく知られています。また、好きで自分からする限り、エクササイズは長期的な精神機能の向上にもつながります。老化に伴う認知機能の低下を遅らせるためにできることとしては、エクササイズが最も優れているといえます。エクササイズには、劇的な抗鬱効果もあります。身体的、感情的ストレスに対して脳が過敏に反応しないようにするのです。

定期的なエクササイズは脳に多くの変化をもたらします。たとえば脳の毛細血管を延ばしたり分岐させたり、一部の神経の樹状突起幾何学的に複雑にしたりします。また、互いに関連するさまざま生化学的変化も引き起こします。たとえばBDNF(脳由来神経栄養因子)と呼ばれる大切なタンパク質のレベルを高めます。現時点は、自発的にエクササイズをする人の脳機能に良い影響を与えているのが、形態学的変化なのか生化学的変化なのか、よくわかっていません。しかし、この点については現在活発に研究が行われています。

継続的なエクササイズには、長期的な効果のほか、1、2時間しか持続しない短期的な効果もあります。たとえば痛みの閾値が上がったり、急性の不安が軽減されたりします。また、ランナーズハイもあります。集中的なエクササイズの後に、単なる普通のリラクゼーションや安らぎといったものよりもはるかに深い至福感が短時間訪れることがあります。これがランナーズハイです。

厳密な調査をしてみると、ランナーズハイというのはかなりまれな体験だということがわかります。プロ、アマチュアを問わず、実は大半のスポーツ選手は一度もランナーズハイを経験していません。また、経験したことのある人でも、時折にすぎない。実際、長距離ランナーも長距離スイマーも、長い競技が終わるころにはたいてい疲れ行っていて、至福感どころか吐き気を覚えています。大衆文化の中で、ランナーズハイは、エクササイズによって脳内の麻薬用分子であるエンドルフィンが生産されるために生じるという説明が広まりました。この説明は、激しい運動の前後の血液を検査する研究から始まったものですが、分析の結果、運動によりβエンドルフィンの血中濃度が上がることがわかってきています。

しかし、ランナーズハイと、体内をめぐるベータエンドルフィンを結びつけようとすることには、一つ大きな問題があります。βエンドルフィンは、血流と脳を隔てる脳関門を全く通過できないのです。もし血液中のベータエンドルフィンがランナーズハイをもたらしているとしたら、脳関門を通過するメッセンジャーとなる何かほかの化学物質のレベルがベータエンドルフィンにより高まる、という形をとる必要があります。一方、脳内で合成され、脳関門を通過しなくても多幸感を生み出す別のタイプのエンドルフィン(あるいはエンケファリンと呼ばれる関連物質)もあります。

この問題を解決する一つの方法は、エクササイズの前後に脊髄穿刺を行い、脳脊髄液を抜き出してオピオイドの濃度を見ることです。しかし、脊髄穿刺には痛みが伴いますし、合併症の危険性もわずかながらあるため、人間を対象とした実験を検討する判定委員会は、たいていの場合この種の実験は非倫理的であるという判断を下してきました。