伝染病のサーベイランス

 1)サーベイランスの意味

 近年、伝染病予防に関する知識や技術が進歩し、特に試験検査法が発達したことは、感染者や発病者を早期迅速に把握することを可能にした。そのため検疫活動も、個人の行動制限を伴わないサーベイランスsurveillanceが主役を占めるようになってきたが、さらに伝染病予防の原則が、かつての感染対策だけから、感染経路や感受性といった環境と宿主の面に対する対策も強調されるようになって、サーベイランスは感染源としての容疑者の監視から、多面的な疾病自身の監視へと拡大されてきた。今日では、検疫用語としての従来のサーベイランス対人監視personal surveillance、最近の拡大された考え方に基づくサーベイランスを疾病監視disease suveillanceと呼んでおり、現在サーベイランスといえば後者の疾病監視を指している。

 サーベイランスを定義すると、「有効な対策を樹立するために、疾病の発生と蔓延に関与するすべての面を継続的に精査すること」となるが、これには次のような各情報の組織的な収集と評価が含まれる。

 出罹患届と死亡登録、 (2)流行調査報告と症例調査報告、 (3)検査室での病原体分離とその同定、 (4)ワクチン、トキソイド、免疫グロブリン、殺虫剤など、防疫用諸材料の備蓄、使用、副作用に関するデータ、 (5)各種集団の免疫レベルについての情報、 (6)そのほかの関連疫学データ。

 これらの情報を収集、解析して、結果をすべての関係者に迅速に配布することが大切で、このようなサーベイランス活動は、地方レベルから国際レベルに至る各段階の行政単位に適用される。なお、血清学的サーベイランスserological surveillanceというのは、血清検査によって現在と過去の感染状況を明らかにすることをいう。

 サーベイランスの目的はあくまでも継続的に実施される実際活動にあり、結果としては疫学的研究に一致することになるが、今日のサーベイランスが、病因、宿主、環境の3者の面より疾病の発生要因と対策を考えようという近代疫学の原理に基づいているところから、疫学的サーベイランスepidemiological surveillanceという表現もしばしば用いられる。

 サーベイランスの同義語としては、ピジランスvigilanceという言葉があり、これはマラリア対策で用いられていたが、この場合はその内容はサーベイランスより広く、患者の発見、疫学調査、原虫検査などのほかに、抗マラリア剤治療、残留噴霧や集団投薬による病原体の除去など、対策実施の段階まで含めている。サーベイランスでは、上述した定義でも分かるように、対策の実施を含めないのが普通である。

 サーベイランスの日本語としては、あまり適当な言葉がない。surveillanceは元来、フランス語のsurveiller (to watch over)に由来しており、従来の検疫用語としてのサーベイランスは[監視]と訳されていたが、最近のサーベイランスについては、上述の定義からいって[継続監視]とか「常時監視」といえないこともないが、いずれもその意を尽くしていないので、一応英語をそのまま仮名書きで示すことにした。