細菌性赤痢

 I 臨床的特徴

1.症状 主要病変が大腸に起こる急性細菌感染症である。発熱、腹痛、下痢、ときに嘔吐などによって急激に発病し、重症例ではテネスムスtenesmus (しぶり)を伴う頻回の便意を催し、便は便状の部分がなく膿粘血のみを少量ずつ排泄する。近年重症例は少なく、数回の下痢、軽度の発熱で経過する例が多く、しばしばテネスムスや膿血便を欠く。症状の軽重は菌型に関連し、 重症大腸炎をよく起こすが、 S. sonneiの場合は軽症下痢あるいは無症状に経過する例が多い。

 疫痢は、赤痢菌感染を受けた幼児の特異な病型であり、末梢血管の攣縮による酸素欠乏のため脳浮腫を生じ中枢神経ならびに循環器障害が急激かつ著明に現れて30%以上の致命率を示した。戦後急速に発生が減じ、現在ではほとんど見られない。本病態の決定的解明はついになされなかったが、食生活との関連は否定できないようである。わが国ではB亜群が圧倒的に多かったが、戦後は欧米諸国と同じようにD亜群が増加し、近年は80%を超えている。

 近年は、B亜群とD亜群が流行菌群であり、C亜群およびA亜群は輸入例として散発される。

 3.検査 粘血便については、アメーバ赤痢も疑って鏡検する必要がある。自然便あるいは直接採便を行い、SS寒天培地あるいはDHL寒天培地などの分離培地を用いて赤痢菌を分離する。

 11 疫学的特徴

 1.発生状況 世界的に蔓延しており、特に栄養と衛生状態の悪い開発途上国で多発している。わが国では、 1951年(昭26)から約10年間は年々人口10万対100前後の罹患率赤痢の発生が見られていた。1967年から減少の傾向が急速かつ著明に現れ、1970年以降は罹患率10以下となり、1981年以降届出数は1、000人台に、89年以降は遂に1、000人を割った。かつての1/50~1/100である。しかも主としてアジア地域からの輸入例が毎年半数以上を占めている。しかし保育園、幼稚園や施設における集団発生もときには起こっている。

 2.感染源 主要病原巣はヒトであり、患者または保菌者の糞便およびそれにより汚染された手指、食品、器物、水、ハエが感染源である。サルも赤痢菌に感染罹患する。ヒトからサルにまたその逆の経路の感染も起こり得る。輸入ザルが赤痢の感染源になった例もある。

 3.伝播様式 糞口伝染病の代表的なものであって、直接あるいは間接に伝染する。感染菌量は103個以下でも発病することもある。排便後の手指の不十分な洗い方あるいは便所の戸のハンドル、タオルなどを介しても起こり得る(hand to mouth)。水系感染はしばしば大規模の集団発生を惹起する。食物汚染による感染ももちろん起こり得る。

 4.潜伏期 1~5日、十数時間で発病した例もあり、大多数は3日以内である。

 5.伝染期間 患者および保菌者の排菌期間。抗菌薬を投与すると早期に排菌は停止するが、再排菌がときに見られる。 2~3週間にわたって排菌の続く例も知られている。

 6.ヒトの感受性 ヒトの感受性は普遍的であるが、症状は一般に成人よりも小児の方が重い。

 Ⅲ 予防対策

 A 方針

 感染源対策よりも感染経路対策が重要である。生活環境の改善(上水道、下水道の整備)と個人衛生の向上(特に手洗い)は、糞囗伝染病コントロールの要点であるo

 1.人糞の衛生的処理。

 2.すべての食品の加工、調理および配膳の衛生監視。手洗施設の整備と使用に対する特別な配慮。また、ハエによる汚染を防ぐ。

 3.牛乳および乳製品の低温殺菌。

 4.下痢または腹部症状を訴えるものは、公衆の消費する食品の取り扱いから除外する。また、できるなら家庭での食品取り扱いも控えさせる。

 5.防ハエ対策とハエの発生防止。

 6 給水施設の保護および浄化。関係職員への指導教育の徹底。なお、給水管の敷設に当たって下水管との交差接続に留意o

 学校や大きな建物において水道水をいったん貯水し、それをポンプアップして配水している場合、貯水槽、配水槽の清掃がおろそかにされやすい。定期に浄化する必要がある。

 7.小児用食品の調理、取り扱いおよび貯蔵は、清潔について念入りに注意する。このことは、特に保育所、幼稚園などの幼児施設で重点的に指導する必要がある。

 8.関係者への衛生教育は、特に環境衛生施設や給食施設に働く職員を始め、食品取扱業者、学校職員、保母などに重点を置くこと。

 B 防疫

 1.届出 伝染病予防法第3条による届出が必要。集団発生の場合も速やかに関係当局へ届け出る。

 2.収容、隔離 市町村は伝染病予防法第7条、同規則第28条に基づいて、市町村長および予防委員が予防上必要と認めたとき収容することになるが、さらに府県の規則によって規定されている。患者が重症であって輸送不能の場合は、自宅に隔離し、その代わり自宅内の防疫措置を厳重に行うことが必要である。

 収容治療後に病状がなくなった後、14日を経過してもなお菌の排出がある場合には、伝染病予防法施行令第4条により、一般保菌者として扱うことになるので、法的には知事が特別の必要ありと認めない限り隔離を続ける必要はない。なお、伝染病予防法施行規則第9条により、菌消失の判定は必ずしも安全が期せられないので、退院時予防上の注意、退院後の検便の必要性について十分指示することが大切である。

 3.消毒 伝染病予防法第3条により医師が届け出たときは、直ちに患家に対し消毒法の指示を行わなければならない。消毒は、世帯主、学校、工場団体などの首長または管理人が、医師または当該吏員の指示によって行う(伝染病予防法第5条)。また、市町村長および予防委員は、当該吏員の指示により行う(伝染病予防法施行規則第14条)。県衛生吏員および検疫委員は、市町村に対し患者収容と同様の責任を持っている(伝染病予防法施行規則第38条)。市町村長および予防委貝は、世帯主が消毒を行わないときは代執行の責任がある(伝染病予防法第26条)。

 なお、消毒方法の詳細については、伝染病予防法施行規則第21~27条を参照すること。

 4.ハエ、鼠族の駆除そのほか環境の整備を行わなければならないが、患家、市町村、県の責任は消毒と同様である。

 患家の鼠族昆虫駆除は、伝染病予防法第16条の2および同施行令第6条に基づいて、県の指示により市町村が実施する。実施場所の重点は、便所の内外、ハエの発生場所、台所、患者の部屋、芥捨場、泥水溝などであり、集団給食施設ではネズミの駆除にも留意しなければならない。

 5.患家および周辺の指導 患家家族に対する注意事項については、生水、生物の飲食禁止、水は煮沸後のものを用いること。食器は毎使用前必ず煮沸し、水を切って伏せたまま乾かし、不潔な布巾の使用を禁ずること。手洗いについては、石けんで十分よく洗うことに重点を置き、特に用便後または調理、食事前に行うことが肝心である。そのほか前記3.または4.に述べた消毒、清潔方法などについて具体的な指導が必要である。

 6.検病調査 伝染病予防法第19条により、県の責任業務である。検病調査とは、患者の有無を検索することである。したがって、主として疫学調査により判明した患者発生のおそれのある対象について、疫学調査と平行して行う。

 7.保菌者検査 これも伝染病予防法第19条第1項第1号により、県が行う。保菌者検査の対象は、患者との接触者、退院者および多発地区の飲食物取扱者、多発地区の住民などが主なものである。

 8.保菌者の取り扱い 赤痢の保菌者を患者と同様に強制入院させる場合は、都道府県知事が特別の必要ありと認めた場合に限る。そのため、在宅保菌者については、伝染病予防法施行規則第n条、同施行令第4条に防疫措置の義務が課せられている。従業禁止については、同規則第31条に定められた業務の従業禁止が規定されており、これは同法第8条により患者と同様である。

 9.そのほかの予防措置

 1)飲食物の販売授受の禁止および廃棄 伝染病予防法第19条第1項第5号に基づくものであるが、これには補償がないので慎重に行うべきである。

 2)井戸、上水道の使用禁止 予防上必要と認めるときに行う(伝染病予防法第19条第1項第7号)。

 3)家用水供給の指示 井戸、上水道使用の禁止を行った場合、伝染病予防法第10条により、県は市町村長に対し家用水供給を指示し、市町村長が実施する。

 4)井戸、上水、溝渠、便所などの改善または廃止 原則として発生時に、市町村長が行う(伝染病予防法第19条第1項第7号)。

 5)漁労、遊泳、水の使用などの禁止 患者が発生し、病毒汚染の疑いがある場合、伝染病予防法第19条第1項第8号に基づき県が行う。

 10.特異療法 ニューキノロンやホスホマイシンによる抗菌療法が有効である。しかし、抗菌薬耐性赤痢菌が各地に蔓延しているから、分離菌の薬剤感受性を検査する必要がある。

 c 流行時対策

 1.集団発生の認知 下痢患者が多発した場合は、まず集団赤痢を疑う必要がある。最近は軽症者が大部分で、定型的症状を呈する例が少なくないために見落としやすい。細菌検査をできるだけ速やかにかつ患者の周辺の接触者について広範囲に行うことが必要である。

 2.場合によっては、病院以外に臨時隔離施設の開設を考慮する。

 3.原因の追求について疫学調査を徹底的に行う。

 4.流行の全貌把握に努めること。赤痢菌陽性者のみならず有症者を調査することにより、流行の発端が初発患者の約1か月前にさかのぽることもまれではない。