トキソプラズマ症

 I 臨床的特徴

 1.症状 代表的な人獣共通寄生虫症に属する原虫感染症。発症例は先天性感染児に多く見られ、成人の後天性感染の場合は大部分が無症状に経過する不顕性感染である。先天性感染は母体から経胎盤性に増殖型虫体が胎児に移行して起こり、妊娠初期に初感染したときの発生率が高い。典型例では流・早産または死産したり、娩出児に網脈絡膜炎、脳水腫(小脳症)、脳内石灰化、精神・運動機能障害の四徴のほか、発熱、リンパ節腫大、肝脾腫、貧血ならびに生後の発育不良を見ることがある。また、生下時に無症状であっても生後1年から10年、あるいは思春期までに網脈絡膜炎や中枢神経障害を発現する例が少なくない。成人の後天性感染でも一度に多数の原虫感染を受けたり、宿主の免疫能の低下が見られるときは、発熱、貧血、発疹、リンパ節腫大、肝腫大、肺炎、髄膜脳炎などの症状を発現することがあり、特にAIDSなどの免疫不全患者に日和見感染を起こしたときは壊死性脳炎や脳膿瘍に進展する傾向が見られる。

 2、 病原体 トキソプラズマ。近年、本虫はネコ科動物を終宿主とし、その小腸上皮細胞内で有性生殖を営んでオーシストを形成するコクシジウム類の一種であることが知られた。また、本虫はヒトを含む哺乳類、鳥類に広く不顕性感染しており、中間宿主となるそれらの体内では無性生殖を営む。なお、本虫の発育環には胞嚢体(オーシスト)、増殖型(タキソイト)と嚢子(シスト)が見られる。

 3.検査 生検材料や血液などの体液中に原虫を証明すれば確実であるが、必ずしも容易ではない。そこで一般には臨床症状と色素試験Sabin-Feldman's dye test、 間接ラテックス凝集反応、間接螢光抗体法、酵素抗体法などの血清学的検査により診断を下すことが多い。また、感染後5~7日で上昇し、短期間で低下する特異lgM抗体の測定は感染時期の推定に役立つので、特に妊婦に対する有用性の高い検査法である。なお、ネコ科動物の糞便検査によりオーシストが検出されることがある。

 Ⅱ 疫学的特徴

 1.発生状況 世界各地のヒトを含む哺乳類から鳥類などの温血動物に広く感染しているが、大部分は無症候の不顕性感染である。ヒトの感染率は肉食の盛んな高温多湿の地域で高く、わが国では平均20~30%が不顕性感染しており、加齢とともに血清学的陽性率が高くなっているが、発症例はまれである。

 2.感染源 病原巣はネコ科動物のほか、ヒト、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネズミなどの哺乳類と鳥類である。通常、ネコの糞便中に排出されるオーシスト、食肉中の嚢子が感染源として重要である。

 3.伝播様式 先天性感染の場合、初感染妊婦から胎児への感染率は40%、わが国における先天性感染児の出生頻度は全出生2、000人に1人程度とされている。後天性感染では成熟オーシストあるいはブタやヒツジなどの食肉中に寄生する嚢子の経口摂取が重要であるが、ときに増殖型虫体の経粘膜、経創傷面からの感染もある。

 4.潜伏期 不顕性感染が多く不明。オーシスト摂取では5~20日、食肉摂取の場合は10日から数週間が最短日数とされている。

 5.伝染期間 胎盤感染を除き、ヒトからヒトヘの直接伝播は起こらない。感染動物は生涯原虫を保持し感染源になる危険があるので、食用動物の場合は特に注意を要する。ネコは感染3~5日後から1~3週間糞便中にオーシストを排出する。

 6.ヒトの感受性 普遍的であるが発症率は低い。ただし、免疫抑制療法中の患者や免疫不全患者の場合は感受性が高い。また、最近はAIDSなどの免疫不全患者の日和見感染による壊死性脳炎の併発も注目されている。

 予防対策

 A 方針

 胎児への先天感染が最も深刻な問題になるので、その防止には妊娠前に抗トキソプラズマ抗体を測定し、陰性であれば妊娠期間中に初感染しないよう指導する。また、食肉中の虫体ならびにネコから排出されたオーシストによる食品や手指の汚染を防ぎ、経口感染の危険を回避する。食肉は完全調理してその生食を避けると同時に調理器具の汚染防止にも留意する。

 B 防疫

 食肉検査を強化し、市販されるまで冷凍処理を行う。ネコ、特に仟ネコの糞便で汚染された砂、土、食品との接触を避ける。ペットとしてネコを飼うときは定期的に抗トキソプラズマ抗体を測定するなど、その健康管理に配意する。

 C 流行時対策

 特別な防疫措置を必要とする突発的流行はまず起こらない。

 D 国際的対策

 特別なものはないが、輸入食肉や食用動物の検査を強化する。

 E 治療方針

 通常、ピリメサミンとサルファ剤、またはサルファ剤とアセチルスピラマイシンの併用療法を行う。ただし、ピリメサミンは骨髄の造血能を抑制するので葉酸製剤を併用する。また、投薬による死滅虫体に起因する過敏反応の発現が予想されるときはステロイド剤を併用する。