フィラリア症 Filariasis

 I 臨床的特徴

 1.症状 体各組織(リンパ節、皮下、腹腔、体腔など)に寄生する線虫による感染症で、わが国にはかつてバンクロフト糸状虫症とマレー糸状虫症があった。いずれもりンパ節、リンパ管に寄生する。症状は成虫によるものが主体であるが、前者の方が垂篤である。前者の場合は、初期の急性期症状として熱発作、リンパ節炎、リンパ管炎が見られる。熱発作には普通気温、過労など何らかの誘因が認められる。また、体各部の疼痛、異常感覚を伴ったり、広範な皮膚の丹毒様発赤が認められる場合もある。リンパ管炎、リンパ節炎は表在リンパ組織が寄生されたときは局所の浮腫、腫脹、圧痛等を示す。深部リンパ組織では精索、陰嚢、後腹膜が侵されることが多く、精索炎などとして現れる。以上の急性期症状はいわばアレルギーによる諸症状であり、これが長年繰り返して起こるとリンパ管閉塞につながり、慢性期の特異な諸症状を呈する。すなわち、リンパ管瘤、リンパフィステルあるいは陰嚢水腫、乳糜尿等である。陰嚢水腫はリンパ管瘤がもととなって発症するが、フィラリア症の特徴的な症状の1つで、精巣組織間にリンパ液が貯留することによる。乳糜尿とは尿中に乳糜が混入したものをいうが、通常は乳白色で、血液を混じる場合もある。ミクロフィラリアも検出される。これらの病態は終局的には象皮病ele-phantiasisに至って完成する。バンクロフト条状虫症の場合は特に下肢、陰嚢に見られる。まれに上肢、乳房にも起こる。これは長年月のリンパうっ滞に伴う刺激によって上皮、皮下組織の癒着、皮下組織の増殖、次いで上皮の肥厚、組織沈着、色素脱失等を来すことに由来する。一方、マレー糸状虫症においては基本的に病態はバンクロフト糸状虫症に類似しているが、症状は軽度で、また陰嚢水腫、乳糜尿は見られない。象皮病そのものも上下肢ともに侵されることはあるが、末端部に限局していることが多く、皮膚の変化も軽度である。

 また、これらのフィラリアの肺動脈など、異所寄生の例から熱帯好酸球症tropical eosinophiliaと呼ばれる病態が見つかることがある。末梢血中に高度の好酸球の増多が見られ、夜間に喘息様の呼吸困難を起こすのが特徴である。

 2.病原体 バンクロフト糸状虫Wuchereria bancroftiおよびマレー糸状虫が病原体。いずれも雌雄異体で、前者は雌が80~100×0. 3mm、雄が40~45×0. 1mm、後者は雌が55×0.2mm、雄が22~23×0.1mmと、後者の方が小さいが、いずれも糸状の特徴的な虫体である。

 3.検査 本症の診断は末梢血中から雌成虫より産出されたミクロフィラリアmicrofilariaを同定することによって行う。通常は午後10時~午前2時ころの間に採血し、厚層塗抹標本を作製し、溶血後ギームザ染色標本をつくって観察する。また遠沈を利用した集虫法を併用してもよい。集虫法の1つとして適当なフィルターを用いてミクロフィラリアの検出率を上げることも最近しばしば行われている。ミクロフィラリアは各々種によって形態が異なるので、これらの方法によって虫種の同定まで可能となる。しかし、ミクロフィラリアの検出率は潜伏期および象皮病形成期などでは低くなるので注意を要する。また、フィラリア感染によって発症するまでには何回も繰り返し感染することが必要なため、患者の居住歴および特徴的な臨床症状も参考となる。血清学的診断法は特異的な抗原を得るのが困難なため種々問題は残っているが、イヌ糸状虫などとのcross reaction を利用してある程度は可能である。

 II 疫学的特徴

 1.発生状況 バンクロフト糸状虫症は熱帯、亜熱帯にかけて広く分布し、現時点でも少なくとも1億以上の被感染者が世界に存在しているものと推定される。わが国においては以前青森以南のほとんどの地域から報告されたが、九州、沖縄など南日本地域に多かったのは間違いない。しかし、戦後徐々に新感染者は減少し、最近は見られなくなっている。ただし、以前の感染が原因で象皮病などを有している例はまだ残っている。マレー糸状虫症はインド、東南アジア、中国、朝鮮半島南部、済州島などに分布しているoわが国においては八丈小島に感染者が見いだされたことがあるが、現在は無人島となっており、やはり新感染者は見いだされていない。

 2.感染源 本来両種ともヒトの寄生虫であるため、流血中にミクロフィラリアが存在している保虫者が感染源となる。

 3.伝播様式 両種ともリンパ組織に寄生している成虫がミクロフィラリアを産生する(胎生)。ミクロフィラリアは流血中に出現するが、極めて特異な出現パターンを示す。すなわち、バンクロフト糸状虫の場合は午後10時~午前2時にかけて末梢血のミクロフィラリアの密度がピークに達する。しかし、その後は減少し始め、午前8~9時にはまったく検出できなくなるoこれを夜間定期出現性nocturnal periodicity またはツルヌスturnusという。南太平洋にはこのような定期出現性を示さない種もある。マレー糸状虫の場合も夜間に出現するが、バンクロフト糸状虫ほど厳密ではない。このような末梢血中のミクロフィラリアを媒介昆虫である蚊が吸血時に取り込むと、ミクロフィラリアは数時間以内に消化管から胸筋に移行し、そこで2回脱皮して、感染能力を有するフィラリア型の幼虫となる。この幼虫は最終的に蚊の吻の基部に集まり、吸血時に吻の先端から剌咬部付近の皮膚に脱出し、傷口から侵入し感染が成立する。わが国での媒介蚊としてはバンクロフト糸状虫にはアカイエカ、コガタアカイエカ、トウゴウヤブカ、シナハマダラカ、マレー糸状虫にはヌマカおよびハマダラカ属、ヤブカ属のあるものが主なものとして挙げられる。流行地によって主要な媒介蚊がそれぞれ異なることに注意する必要がある。

 4.潜伏期 バンクロフト糸状虫の場合、感染幼虫侵入から再度ミクロフィラリアが末梢血中に出現するまで3か月~1年かかると推定されるが、発症に至るまでには通常繰り返し感染に曝露されることが必要で、多くは数年以上かかるとみてよい。マレー糸状虫も同様。

 5.伝染期間 成虫の人体内での生存期間は通常極めて長く、数年以上は生存する。したがって、感染者はこの期間ミクロフィラリアが産生されるので他への感染源となる。ただし、ヒトからヒトヘの直接伝播はない。

 6.ヒトの感受性 高い。ただし、人種等により差異は少し見られる。マレー糸状虫の場合はイヌ、ネコなどにもときに感染が見られる。

 Ⅲ 予防対策

 A 方針

 まず流行地においてはミクロフィラリア保有者の確実な発見と、その集団駆虫を行い、新しい感染源を減らすことおよび媒介蚊の防除対策を並行して行うのがよい。蚊の同定に際しても慎重に調査したうえで、主要な媒介種を決定し、その習性に応じて定期的に殺虫剤の散布などの対策をとる。殺虫剤に対する抵抗性、環境に対する影響その他もよく検討して実施することが大切である。集団駆虫にはジエチルカルバマジンを用いる。

 B治療

 現在はジエチルカルバマジンを第一選択薬剤として用いている。めまい、頭痛などの副作用があるが、ステロイドの併用などで対処可能o乳糜尿のケースには安静を保ち、食事も高脂肪食を控えるなどの注意を払う。陰嚢水腫、象皮病はすでに完成した病態であり、フィラリア殺滅では対処できない。したがって、外科的治療法を第一に考える。