継続的なニトログリセリン投与では梗塞サイズが増大する

1千万人近くの米国人が急性冠症候群や狭心症、急性MIまたはそれらの関連疾患を患っている。この患者の多くに対してニトログリセリンが処方されているため、ニトログリセリン使用関連のリスクは、何百万人という人々に影響を及ぼしているのかもしれない。ニトログリセリン間欠投与などの臨床計画は、薬剤の血管拡張作用に対する耐性を最小限に抑える上で効果的であるものの、ニトログリセリン耐性による他の影響、たとえばALDH2不活化を原因とするMI傷害の増加リスクなどに関しては明らかとなっていない(1)。硝酸エステルの長期安全性および有効性を調査する二重盲検プラセボ対照試験は今までに実施されたことがないものの、後ろ向き研究ではナカムラらが北米とイスラエル、および日本を対象にして、急性冠症候群の症状から回復した3000人近くの患者の記録を分析した。長期間の硝酸エステル使用(追跡期間の平均は26ヶ月)は、死亡率増加と心臓死のリスク増大に関連していたが、同著者が言及したように適切な対象被験者が不足し、さらに重度疾患患者には硝酸エステルを多用する潜在的な傾向があったため、この研究は限定的なものにすぎなかった(11)。
本試験において我々は、ラットに対する持続的なニトログリセリン投与が、MI後の梗塞サイズ増大と左室内径短縮率低下をもたらすということを明らかにした。仮にこれをヒトで確認した場合には、継続的なニトログリセリン投与(救急治療室における急性冠症候対象の静脈投与など)を受けている患者がMIを発症させると、心損傷の程度が通常のMIの場合よりも大きくなるという可能性が出てくるため、多くの臨床現場で行われている持続的なニトログリセリン投与に関しては、その有益性を再調査する必要がある。さらに我々は、細胞内の毒性アルデヒド付加体を取り除く酵素ALDH2」の不活化が、ニトログリセリンによって誘発される心毒性を高めるということも示し、虚血心筋に対するニトログリセリンの有害作用を防ぐ方法を見出した。特にALDH2活性化剤のAlda-1は、MI後におけるニトログリセリン誘発性の梗塞サイズ増大と、それに関連する心機能低下を抑制していた。この結果はヒトを対象にして実証しなければならないものの、ニトログリセリン投与を長期間受けている患者に対してはAlda-1などのALDH2活性化剤との併用投与が、ニトログリセリン耐性関連の傷害率を低下させる上で有効となる可能性がある。

急性冠症候群またはMI発症後の継続的なニトログリセリン注入を受けるために入院したヒト患者を想定し、我々は連続投与の時間(16時間)を選択した。表S2で示したように、この連続投与はニトログリセリン介在性の血圧低下に対する耐性を引き起こした。しかし、患者によってはニトログリセリン耐性が早い段階で現れることがあるため、将来的には耐性の早期発現結果を調査する必要がある。その一方、急性ISDN投与(2時間)による血圧低下は、ニトログリセリン投与によるものと同程度であったが(表S1BおよびS2B)、持続的なISDN投与(16時間)では収縮期および拡張期血圧が10%以上低下し続けたため、ISDNの16時間連続投与後における血管拡張への耐性は、ニトログリセリンの場合のものよりも低いということが明らかとなった(表S3)。このデータは硝酸エステルへの高い耐性に対して、虚血傷害が関連しているという可能性を示唆している。さらにISDNニトログリセリンと違ってALDH2活性の抑制をもたらさず、in vivoでMIによる心損傷を増加させなかった。そのため、ニトログリセリンまたは他の硝酸エステルの連続投与後における末梢血細胞(12)などのALDH2活性レベルを見れば、虚血発症後の心臓状態を予測できるかもしれない。ヒトに対して適用できる場合、虚血心筋に対して臨床的に用いられる有機硝酸エステルはその効果がさまざまであるため、ISDNは連続投与において優先的に使用されることになると思われる。
この試験は他の臨床結果とどのように合致しているのか。ヒト冠動脈形成術による虚血症状の発現前24時間のうちに、ニトログリセリンの連続投与を終了させたところ、虚血傷害(ST部分の上昇をもとに測定)が65%減少したとLeesarらは発表している(13)。Goriらはヒト被験者における一過性四肢虚血後の前腕血流量に着目し、それに対するニトログリセリン短期およぶ長期投与のそれぞれの有害作用を報告した(14)。Leesarらの血管形成術試験結果と同様にGoriらの報告では、ニトログリセリン投与後24時間のうちに虚血が生じた場合、ニトログリセリンの2時間投与が前腕血流量の減少を防ぐということを示している。しかし、虚血発症直前の7日間にわたってニトログリセリンを継続的に投与していた場合には、ニトログリセリン非投与で四肢虚血を呈した対象被験者の場合と比較して、前腕の血流がより悪化することになる(14)。彼らと我々のデータは、虚血発症までの長時間にわたる持続的なニトログリセリン投与が、酸化ストレスによる損傷を増加させ、組織傷害の増加をもたらすという点で一致している。その一方、ニトログリセリンの短期投与や、虚血発症のしばらく前に終了したニトログリセリン投与は、細胞保護の経路を活性化する可能性がある(13)。患者にとってこの結果は、ニトログリセリンへの継続的暴露が望ましくないかもしれないことを意味するが、その理由は、同暴露の有益性が消失すること(耐性の発現)だけでなく、それによって重要な心保護酵素ALDH2」の活性が低下し、その結果として虚血関連の傷害が悪化することにある。
ニトログリセリン連続投与がどのようにALDH2不活化を引き起こすのかについても、我々は調査を実施した。ニトログリセリンと、ISDNやS-ニトロソグルタチオン(GSNO)などの構造的に無関係な他のNO供与体は、in vitroでALDH2を不活化することができるため、NOがALDH2不活化反応を仲介することが考えられる(図.S2)。さらに、ISDNはin vivoニトログリセリンほどALDH2を阻害しなかったため、我々はこのNO介在性のALDH2不活化が、NOによるALDH2触媒経路へのアクセスによって決まると推測している。ALDH2の基質であるニトログリセリンALDH2によって代謝されるため、触媒反応で生成したNOはその結合部位の重要なアミノ酸と相互反応してALDH2を不活化しているのかもしれない。その一方でISDN由来NOはニトログリセリンから生成したものと比べて、ALDH2触媒経路においてより低い濃度下の拡散でALDH2に到達する。このISDN由来NOの特質は、ISDNによるNO介在性ALDH2不活化の確率を低下させるため、持続的なISDN投与がin vivoMI後にALDH2不活化や心損傷増加をもたらさない理由を説明するものかもしれない。

NOはどのようにALDH2を不活化するのか。ニトログリセリンISDNによって誘発されたALDH2不活化に関しては、還元剤「ジチオスレイトール(DTT)」を用いてin vitroで完全に抑えることができたため(図.S3)、我々はALDH2の触媒活性を決定するシステイン(たとえばCys302)のSNO化反応(15)などのNO介在性酸化反応が、ALDH2阻害作用をもたらすのではないかと主張している(16)。過去の試験においては、NO誘発性の酵素不活化におけるシステインの重要な役割を実証してきた(17)。ALDH2システイン残基の酸化による酵素活性の喪失は、酸化ストレスがニトログリセリン耐性の発現に寄与するという確かな結果と一致している(3、4)。ALDH2とAlda-1の複合体を対象とした結晶解析では、触媒経路におけるシステインへの接触が、Alda-1によって減少するということが明らかとなったため、Alda-1にはニトログリセリン誘発性のALDH2不活化を防ぐ効果があるのかもしれない(16)。しかし、ニトログリセリンALDH2の他の部位に作用していることが十分考えられるため、正確な作用機序をさらに解明していく必要がある。
Alda-1はin vitroにおいて、ニトログリセリンからNOへの生物変換反応をわずかに抑制することがある(18)。狭心症患者に対するNOの医学的メリットを考慮するとそれは望ましいことではないが、ニトログリセリンと併用したAlda-1はin vivoにおいてラットの血管拡張を抑制しなかったため、Alda-1はinvivoにおいてニトログリセリンからNOへの生物変換反応を大きく抑制しないことが考えられる。その上、ニトログリセリンと他の2つのNO供与体、あるいはALDH2によって生物活性化しないNO供与体などの長期投与では、Alda-1がALDH2不活化を抑制することがわかった。Alda-1がALDH2活性を保護し、ALDH2によるニトログリセリン生物活性化を抑制するという可能性は低いため、Alda-1には心臓に対する有益性がないかもしれないが、我々のデータは、重要なシステインニトログリセリン化(SNO化)反応抑制によるNO誘導性のALDH2不活化を、Alda-1がALDH2の触媒経路において防ぐという可能性を支持するものである。
そして最後に我々は、持続的なニトログリセリン投与が、MIのみのラットと比較してMI後の心筋におけるタンパク質のカルボニル化(毒性アルデヒド-タンパク付加体)を5倍増強することを見出した。Chenら(4)が実証したようにニトログリセリンは、この毒性アルデヒドを取り除く重要な酵素ALDH2」を不活化する。3-リン酸デヒドロゲナーゼ(19)や20Sプロテアソーム複合体(20)などの重要な酵素は、このアルデヒド付加体によって不可逆的な機能障害に陥ることが多い。ニトログリセリン耐性はさまざまな酸化ストレス(3)に関連しているが、本試験において我々は、虚血心筋におけるニトログリセリンと有害なアルデヒド-タンパク付加体との間の関連性を特定した。また、ALDH2阻害後にミトコンドリアに蓄積するニトログリセリンは、タンパク質酸化と呼吸器系障害の直接的な原因という可能性がある。ニトログリセリン耐性をアルデヒド負荷および心損傷増大へと関連付ける正確なメカニズムは依然として明らかにされていない。我々はさらに、Alda-1とニトロプルシドの併用投与がニトログリセリンによるタンパク質カルボニル化増加を抑制することを明らかにし、ALDH2活性化が心筋を酸化ストレスから保護する可能性を見出した。変異ALDH2(アジア系変異)を保有するトランスジェニックマウスではそのグルタチオン値が高く、酸化ストレスに対する耐性が野生型マウスのものよりも強いため、これは代償的な代謝リモデリングによる結果と思われる(21)。この結果と我々の試験結果は、ALDH2複数の経路を通して細胞内の酸化ストレスを制御する可能性を示しているが、そのメカニズムに関してはさらに解明していく必要がある。

我々の動物試験ではニトログリセリン耐性が、MI誘発性の心筋損傷を悪化させることが明らかとなっている。ALDH2変異型の不活化は東アジア人の40%に見受けられ(22)、さらにこの変異型の保有者では循環器系疾患の発症リスクが高いという事実があるため(8、23)、この試験結果をヒトに対しても当てはめることは妥当と考えられる。我々の試験ではAlda-1が、野生型ALDH2を対象とした場合と同じくらいに変異ALDH2の活性低下を抑えて(10)、ニトログリセリンによるALDH2不活化を抑制することがわかった。MI患者に対するAlda-1などのALDH2活性化剤の有効性検査に加えて、循環器系疾患患者などへのニトログリセリン連続投与を再評価する臨床試験が、特に東アジア人患者を対象に実施される必要がある。
試験方法
in vivo連続投与法
動物の管理と飼育手順に関しては公共機関やアメリカ国立衛生研究所ガイドラインに従った。ウィスター系雄ラット(250~300g)のニトログリセリン耐性を誘発させるため、Nitrek経皮パッチ(0.2mg/時、Bertek Pharmaceuticals社)を用いて16時間の持続的なニトログリセリン投与(1日当たり7.2mg/kg)を行った(10)。アルゼット浸透圧ポンプ(2001D)を用いたAlda-1の継続的な注入(1日当たり16mg/kg)は、ニトログリセリン投与の2時間前に開始して18時間後に終了させた。ISDN(1日当たり16または126mg/kg)の投与は、アルゼット浸透圧ポンプ(2001D)を用いて16時間継続的に行った。溶媒のみ(容積の割合はポリエチレングリコールが50%、ジメチルスルホキシドが50%)を含むポンプを挿入した同ラット群をコントロール群とした。
左冠動脈前下行枝(LAD)を結紮したin vivoモデル
3%のイソフルランを用いてウィスター系雄ラット(250~300g)に麻酔をかけ、1.5%のイソフルランでその麻酔状態を維持した。LAD結紮の外科的手順は説明の通りである(24)。手短に言えば、1分間当たり70呼吸のげっ歯類用人工呼吸器を供試動物に挿管した。体温に関しては適当な電気毛布を用いて37℃に維持した。5-0ポリエチレン製縫合糸を使用してLAD冠動脈の周囲に結紮糸を取り付け、縫合糸をクランプ側へ締め付けて冠動脈を閉塞し、ブランチング処理で梗塞部位の確認を行った後、結紮糸を60分間緩めて再潅流を生じさせた。再潅流の終了時には心臓を切除し、塩化トリフェニルテトラゾリウム(TTC)染色法で梗塞サイズを測定した(10)。生存試験では軟部組織の締め付けに吸収性の4-0バイクリル糸を使用し、皮膚の縫合にはナイロン糸を用いた。術後2日間は1日8時間のブプレノルフィン(0.05mg/kg)皮下投与を行った。説明した通りMI後3日および2週時には、Mモード心エコー図(GEil3Lプローブ)を用いて左室内径短縮率を測定した(25)。

ALDH2酵素活性
説明した通りNAD+からNADHへの変換を340nmでの吸光度で測定し、ALDH2酵素活性を判定した(10)。分析においては10mMのアセトアルデヒドと2μgの組換えALDH2タンパク質を含む、25℃の50mMピロリンサン緩衝液(pH9.5)を用いた。測定前にはAlda-1(20μM)の有無にかかわらず上記の反応をニトログリセリン(1μM)やISDN(50μM)、あるいはGSNO(40μM)で1時間インキュベートした。我々は反応を開始させるために2.5mMのNAD+を添加した後、10分間分のNADH蓄積量を30分毎に測定した。1時間のニトログリセリンまたはISDN処理後のALDH2に対するAlda-1作用を判定するため、10分間測定の5分経過時に特定グループへAlda-1(20μM)を加えた。ラット心筋におけるミトコンドリアALDH2活性の測定では、心筋のミトコンドリア分画400μgを反応液へ直接添加し、10分間における340nmでの吸光度を読み取った。指示のある場合には反応液へのDDT(50mM)添加を行った。
タンパク質のカルボニル化
梗塞部位のタンパク質カルボニル化レベルの測定ではOxyBlotタンパク質酸化キット(Millipore社製)を使用し、その際には製造会社のマニュアルに従った。心筋のカルボニル化タンパク質を表すさまざまな分子量のバンドを特定した。
低酸素下の再酸素添加後におけるin vitro細胞死測定
in vitroにおける培養心筋細胞への低酸素下再酸素添加は、説明した通りに実施した(26)。手短に言えば、24ウェルプレートで細胞を集密状態になるまで増殖させた後、4通りの方法を用いてこれを測定した。細胞をリン酸緩衝化生理食塩水で2回洗浄し、虚血症をシミュレートするために緩衝液を交換した後、GasPak EZポーチ(BDBD Biosciences社製)を用いて37℃の無酸素下で2.5時間培養した。そして虚血用の緩衝液を正常酸素濃度のクレブス緩衝液に交換し、5%CO2の培養器でさらに3時間の細胞培養を行った。細胞死の判定では前述の手順を改め、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)の放出を測定した(27)。培養液およぶ溶解液中のLDH活性の測定では、CytoTox96細胞毒性アッセイキット(Promega社製)を説明書通りに使用した。プレートの読み取りは基質添加後15分以内に吸光度λ=490nmで行った。低酸素下における培養心筋細胞へのin vitro再酸素添加によって、ラットのin vivo虚血再潅流のシミュレートがある程度可能となる。
血圧と心拍数の測定
収縮期と拡張期の血圧および心拍数の測定に関しては説明した通り、関連実験の規定に基づいて、ニトログリセリンおよび/またはAlda-1の応急投与や連続投与の前後で、tail-cuff法(BP-2000、Visitech Systems社)を用いて麻酔(3%のイソフルラン)下で行った(28)。
統計分析
すべてのデータを平均±SEMで示している。2つのグループ間の統計分析は、スチューデントの片側t検定を用いて実施した。P値が0.05未満であれば統計的に有意と判断した。