医療訴訟の現実:障害の有無が勝敗を左右する


医療裁判の場合、審理のほとんどは書面のやり取りで進行します。鑑定の検証は言ったもの勝ちになりやすく、裁判官の心証をよくすることしか勝訴への道はありません。地方裁判所による医療裁判説明会資料によれば、医療訴訟の経過は、以下の通りです。

① 裁判所に訴状(原告の一方的な主張)が提出される。
② 第一回口頭弁論までに、答弁書が提出される。
③ 原告・被告の準備書面が提出される。
④ 原告・被告の書証(準備書面での主張を裏付けるための医学文献・論文などのコピーや鑑定意見書)などの主観的な資料が提出される。
⑤ これらの書証を判断材料に、判決または和解勧告が行われる。

医療訴訟では証拠保全と鑑定が行われることが多いです。患者を助けるはずの行為が被害をもたらした理由はしばしば判定が困難で、カルテの改ざん防止や、原告側の資料入手などを目的に証拠保全申請書が提出されると、裁判所が証拠保全を決定します。また、対象が専門的なので裁判官の理解に時間がかかるため、鑑定が行われることが多いです。しかし証拠保全や鑑定には多大な費用と労力を要し、被告である医療者も原告である患者も疲弊してしまいます。

一般の民事訴訟は因果関係がわかりやすく、加害者にある程度の悪意があることも自明のため判決を出しやすいですが、医療裁判は善意の行為により起きた障害について争うため、争点が難しいのです。そのため判決よりも和解率が高くなります。

司法は医療を裁けるのか。この疑問に答える医学論文をブレナンらが投稿しています。3万195件の診療録を無作為に検討したところ、3.7%の患者に有害事象が起きていました。うち280件が医療側の過失で、勝訴に発展したものは51件、その中で明らかな医療ミスは9件でした。4年後までに51件中46件の勝訴が確定しましたが、結果は、医療ミスの有無にかかわらず原告患者側の勝訴率が41~51%。支払側は有害事象があった症例が最も多いです。このことは、患者に残存する障害の有無が、責任の有無の判定に有意に影響することを示しています。日本でも徐々に同じ傾向の判決が増えていますが、これは医療の現実を明らかにするものではありません。ミスの有無でなく障害の有無をもとにした判決は、結果として障害の残りそうな重症者を診療しないという風潮を招くのです。