無症候性脳卒中の治療法

高血圧の先にある血管病として、心臓病と並んで重大なのは脳卒中です。

脳卒中の場合、症状は出ていないけれども病変があるという状態が、検査で分かることがあります。たとえば、脳ドックMRI(核磁気共鳴画像診断検査)やMRA(磁気共鳴血管撮影検査)を行うと、無症候性脳卒中の有無や血管の異常、脳動脈瘤の有無などがわかります。

ただ、脳に関しては、異変を見つけても治療のオプションが限られているので、検査を受けることがそれほど患者さんにメリットになるわけではないというのが現実です。

無症候性脳卒中とは、MRIで、T2強調像という撮影を行うと白く写る病変が3mm以上であり、T1強調像では黒く写るとき、そう呼ぶとする考え方が有力です。原因については諸説があります。。脳内の細い血管が動脈硬化で狭くなっているからという考え方が有力ではありますが、最近では、血液の流体としての性質から生まれる問題(血流力学的な問題)、ごく小さな血栓の問題(微小血栓の問題)などが原因にあるだろうという考え方も重要視されてきています。

この無症候性脳卒中が、高齢化の進展によって発見されることが多くなり、60歳以上の高齢者で20%に起きていることが知られるようになりました。年齢とともにその割合は増え、70歳以上では約35%に起きるとされています。

では、無症候性脳卒中の症状がある人で脳卒中に移行する人はどのくらいかというと、1000人に無症候性脳卒中があった場合、1年に18.7人程度が脳卒中になるとされています。これは無症候性脳卒中の無い人の2倍です。また無症候性脳卒中があると、うつや認知症になる率も1.5から2倍程度、高くなります。(risk of silent stroke in patients older than 60 years : risk assessment and clinical perspectives)

無症候性脳卒中があったらどうすればいいのでしょう。これまで、さまざまな治療が試みられ、アスピリンなどの抗血小板療法、スタチンを用いたLDLを低下させる治療法、消炎鎮痛剤を用いる方法など、理論的には正しいと思われる方法がいくつかあります。しかしこれらはどれも、大規模試験で有効性が示されているわけではありません。

一方、はっきりわかっているのは無症候性脳卒中のリスク因子です。高血圧がいちばん知られていて、高血圧があるとリスクは3.47倍に増加するとされています。そのほか重要な因子としては、精神的ストレスで血圧が変動しやすい場合がありますし、朝の血圧が高いというのもリスク因子です。睡眠中の最も低い血圧に比較して、朝、起きてからの血圧が55mmHg高い場合には、無症候性脳卒中は40%増えるとされています。起立性の高血圧で立ち上がると血圧が20mmHg以上高くなる場合もリスク因子なので、血圧の変動が大きいこともリスク因子となります。虚血性心疾患や心房細動がある、メタボリック症候群がある、というときにも無症候性脳卒中になる確率が高くなると報告されています。

ですから、有効性が示されていない治療をするよりも、こうしたリスク因子の治療をするのが有効と考えられています。中でも最も有効なのは、血圧コントロールなのです。

もう一つ重要なのは、先の研究では、無症候性脳卒中があると、誤嚥に伴う肺炎の確率が4倍以上に増大するという報告もあることです。そこで誤嚥には十分に注意を要するとともに、熱が出たら肺炎などを疑い、早期診断、治療をすることが必要です。

さて、問題になるのは検査で脳動脈瘤が発見された時です。脳動脈瘤は、破裂するとくも膜下出血です。そうなれば、そのまま亡くなったり、後遺症で介護の必要な状態になったりすることも多いのです。そこで、脳ドックで脳動脈瘤が見つかった人は、これはもう時限爆弾だということで、動脈瘤を取り除くための開頭クリッピング手術やカテーテル治療(脳血管内治療)が行われます。

しかし、脳動脈瘤があったからといって、それが必ず破裂するわけではありません。欧米の調査では、脳動脈瘤があっても直径1cm以下のものは破裂率が低く、そして手術をした場合は後遺症などのリスクが高いという報告があります。現在日本では、どういう場合に手術をすべきかを決めるための全国調査が行われていますが、結論はまだ出ていません。

こうした状況ですので、脳卒中に関してできることは、わずかな症状も見逃さず、何か症状があった場合には、一刻も早く治療を受けることが大切です。これまでなかったような激しい頭痛や、からだの片側にまひやしびれが起きた時、意識が亡くなった、言葉が出なかったりうまくしゃべれなかったりする、こうした症状があったら脳卒中の可能性がありますから、直ちに救急車を呼ぶべきです。

くも膜下出血の場合は、すぐに開頭クリッピング手術や王血管内治療が必要ですし、脳出血の場合は、出血が広がるのを抑えるために、薬による治療や「開頭血腫除去術」が必要になります。

脳梗塞の場合は、「血栓溶解療法」があります。t-PAという血栓を溶かす薬によって、血流を再開させて脳細胞がダメになるのを防ぐことができるのです。ただし、この治療は発症後3時間以内でなければ受けられませんから、発症したら直ちに専門病院に運ぶ必要があります。
3時間以上たった場合も考慮すると、日本のガイドラインでは、発症48時間以内で病変が最大径1.5cmを越すような脳梗塞(心原性脳梗塞症を除く)には、選択的トロンビン阻害薬のアルガトロバンという薬を推奨しています。また、オザグレルナトリウムの点滴は、急性期(発症5日以内)の脳血栓症(心源性脳梗塞症を除く脳梗塞)の患者の治療法として推奨されています。またアスピリンを飲む治療は、発症して48時間以内の早期の脳梗塞患者の治療法として推奨される、となっています。そのほか、脳保護薬の使用、脳浮腫治療も効果があるとされています。

こうしたことからも、脳卒中の予防のために重要なのは、高血圧の治療であり、また、リスク因子である糖尿病や脂質異常症の治療であることも、もちろんです。