わが国の結核・感染症サーベイランス事業

 政府は、届出伝染病には指定されていないが流行状況を常時に監視する必要のある感染症の全国的な発生状況を週単位で、また病原体検索などの検査情報を月単位で収集、還元して適切な予防措置を講じ、これらの感染症の蔓延を未然に防ぐ目的で「感染症サーベイランス事業」を1981年(昭56) 7月に発足させた。対象感染症は1985年12月までは麻疹様疾患(麻疹を含む)、風疹、水痘、流行|生耳下腺炎、百日咳様疾患(百日咳を含む)、溶連菌感染症、異型肺炎、乳児嘔吐下痢症、その他の感染性下痢症、手足口病、伝染性紅斑、突発性発疹ヘルパンギーナ咽頭結膜熱、流行性角結膜炎、急性出血性結膜炎、髄膜炎(細菌性および無菌性)、脳脊髄炎の18疾患であった。その後いくつかの疾患が対象として加えられ、さらに1987年1月からは、近年、問題となってきた疾患を加え、対象疾患を拡大するとともに、情報の精度を高め、情報解析・還元を迅速かつ的確に行うために、コンピュータ・オンラインシステムを実現し、同様のシステムを活用する結核対策と併せて、[結核感染症サーベイランス事業]として一新された。

 新たに対象として加えられた疾患は、結核、インフルエンザ様疾患、ウイルス肝炎(A型、B型、その他)、 MCLS (川崎病)ならびに淋病様疾患、クラミジア感染症、陰部ヘルペス、尖圭コンジローム、トリコモナス症などの性感染症である。

 また、医学情報技術の活用としては、都道府県・指定都市にオフィス・コンピュータを全国の保健所にパーソナル・コンピュータを設置し、これらと厚生省のコンピュータ、公衆回線で結び、患者発生情報のやりとりが行われている。

 この事業は従来の感染症サーベイランス事業と同様、医療機関、地域医師会、都道府県等地方自治体、厚生省の協力の下で実施されている。(1にの事業に協力している医療機関(患者定点という。全国で約3、000)は毎週1週間の患者発生数を都道府県等の保健所に連絡する。(2)保健所は各情報をコンピュータに入力する。その患者発生数を都道府県・指定都市内でまとめ、中央感染症情報センターに報告する。(3)中央感染症情報センターは全国の患者発生数をまとめ、情報解析小委員会の意見を参考にし、流行状態の解析を行う。またその解析結果を地方感染症情報センターに送付する。(4)地方感染症センターはこの解析結果に地方解析評価小委員会の解析を加え、患者定点、医師会、保健所等に情報を送付する。この情報に基づき、医療機関、保健所、都道府県・指定都市等で適切な流行防止対策がとられることとなる。

 病原体の分離等に関する検査情報を収集するため、医療機関を検査定点として、結核感染症サーベイランス対象疾患の中で、百日咳様疾患、溶連菌感染症、異型肺炎、感染性胃腸炎、乳児嘔吐下痢症、手足囗病、ヘンパンギーナ、インフルエンザ様疾患、咽頭結膜熱、流行性角結膜炎、急性出血性結膜炎、感染性髄膜炎、脳・脊髄炎、淋病様疾患、陰部クラミジア感染症、陰部ヘルペス、トリコモナス症の17疾病について患片から検体を採取している。採取された検体は、検査定点から速やかに地方衛生研究所に搬送されて検査が行われ、その結果は検査定点、都道府県・指定都市、国立予防衛生研究所に報告される。地方衛生研究所から国立予防衛生研究所への報告は、細菌の検査結果については月単位にとりまとめ、翌月の15日までに行い、ウイルスの分離結果についてはそのつど行うことになっている。また、検査のうち地方衛生研究所で実施が困難なものについては必要に応して、国立予防衛生研究所に検査依頼し、国立防衛生研究所ではその結果が判明次第地方衛生研究所に通知している。

 国立予防衛生研究所に報告された細菌およびウイルスの検査結果は、月単位にまとめられ、「病原微生物検出情報・月報」の形で都道府県・指定都市に報告されるとともに広く公表されている。また、月報をまとめたものが、毎年「感染症サーベイランス事業年報」の一部として公表される。

 サーベイランスで得られたデータの一例として図2に感染症サーベイランス情報における一定点当たり週当たりの麻疹様疾患患者報告数の推移を示した。日本では]。978年10月から麻疹予防接種が定期接種となり、麻疹の流行の規模は次第に小さくなってきているものの、いまだ毎年4~5月をピークとして流行が見られる。特に1984年には北海道を除く全国で流行し、高いピークとなった。その翌年の1985年には目立って減少したが、 1986年以降は毎年ある程度の流行が見られている。これを地域別に見ると地域によって発生のピークの年が入れ替わっている。1990年は西日本を中心として発生が増加した。

 病原微生物検出情報において麻疹ウイルスの分離報告は少なく、 1981年1月から1990年9月に至る約11年間の検出数は30株、うち11株は1984年に報告された。

 3)伝染病流行予測事業

 この事業は、集団免疫の状況と病原体の浸淫状況の調査を通して、予防接種の効果的な運用および将来の疾病流行を予測するために実施されているもので、感染症サーベイランスの重要な一翼を担ってきた。 1961年(昭36)に急性灰白髄炎の生ワクチン(Sabinワクチン)が導入されたのを契機に、 1962年に本病を対象に実施され、その後事業が次第に拡大されて、現在は予防接種の対象疾病である急性灰白髄炎日本脳炎、風疹、インフルエンザ、百日咳、ジフテリア、麻疹について実施されている。事業の内容は、感染源調査と感受性調査に分かれており、感染源調査ではインフルエンザ様疾患患者からのインフルエンザウイルスの分離、健康人の便からのポリオウイルスの分離、日本脳炎の流行期に豚の日本脳炎ウイルスに対する血球凝集阻止抗体(HI抗体)の測定を行っている。一方、感受性調査では、一般住民の年齢階級別抗体保有状況が調べられている。