GPR30の構造と細胞内位置

GPCRスーパーファミリーのメンバーであるGPR30は、その遺伝子の染色体座位が「7p22.3」にある[34]。また、4つの転写スプライシング変異型があり、それらは375個のアミノ酸からなる同一のタンパク質をコードし、7個の膜貫通セグメントを構成する[35]。
GPCRの古典的なモデルは「細胞表面でリガンドに結合する膜タンパク質」であるが、リガンドが透過性を有していたり、内因的に産生していたりする場合には、細胞内に位置するGPCRを確認することができる[36]。実際にエストロゲンは細胞膜透過性ホルモンであるため、細胞内GPR30の存在を可能にするが、その位置に関してはいまだに議論が続いている。細胞膜上のGPR30は親和性が高くて結合能が限定的であるため、エストロゲンに特異的な単一の結合部位を有していると、Thomasらは2005年に報告した[20]。さらに他の2つの研究グループも、ラット脳の海馬CA2部位錐体神経細胞[37]およびGPR30導入HEK-293細胞膜に位置するGPR30を確認した[38]。そしてそれとほぼ同時期には、Revankarらが全く異なる内容の報告をしている[39]。彼らは緑色蛍光タンパク質(GFP)と細胞小器官マーカーを用いて、COS7サル腎臓繊維芽細胞の小胞体における機能的GPR30の特定位置を実証したのである[40]。小胞体におけるGPR30のこの位置は、新生児の卵巣細胞[41]やラット海馬神経[42]、HEK-293細胞、MDA-MB-231細胞、およびHEC50細胞[43]を用いた他の試験でも明らかとなった。これらの報告に基づくと、細胞内GPR30の位置は各種細胞の機能条件に左右されているか、あるいは細胞膜と小胞体のGPR30がエストロゲン作用に関与している可能性が出てくる。仮に両方の位置が関わっている場合には、細胞膜と小胞体膜におけるGPR30のさまざまな分布比率が、細胞タイプおよび/または細胞状態に不可欠な多くの生物学的機能をもたらしている可能性が考えれる。そして実際にそうである場合には「分布状況はどのように調節されているのか」「特定の比例的分布の機能的意義は何か」という疑問が生じることになる。従って、これらの疑問点を解明するためにさらに研究を重ねていく必要がある。
GPR30リガンド
エストロゲンはKd2.7nM[20]または6n[22]という高い親和力でGPR30に結合することが報告されており、この結合よって別のエストロゲンシグナル伝達経路が活性化することになる。GPR30の特異的アゴニスト「GPR30特異的化合物1(G-1)」は、2006年にバーチャルおよび生体分子スクリーニング法で同定されたものである[44]。そしてICI 182,780[19、20]、タモキシフェン[19]、および4-ヒドロキシタモキシフェン(OHT)[45-47]も、GPR30に結合してエストロゲン作用を模倣することが確認されている。これらの化合物の化学構造は図.1を参照のこと。
さらにゲニステイン、ビスフェノールA、ゼアラレノン、ケポン、p,p-DDT、2,2,5-PCB-4-OH、およびo,p-DDEなどのさまざまな環境エストロゲンも、GPR30へ結合可能であることが報告されている。しかし、これらの結合親和性はエストロゲンのものよりもはるかに低い[48]。エストロゲンの他の2つのアイソフォームであるエストロンとエストリオールも、GPR30に対する結合親和性がかなり低く、相対的結合親和性(RBA)がE2の場合の0.1%以下である[20]。

E2の異性体である17α-エストロゲンはGPR30に全く結合しないが、それはμM濃度レベルの他のステロイドホルモン、たとえばプロゲステロン、グルココルチコイド、およびテストステロンでも同じことである[20]。また、GPR30の結合特異性は、既知のERで確認されたものとほぼ同等である[8、49]。各種リガンドに対するGPR30の親和性は表1に示している。
GPR30シグナル伝達経路
GPR30は、エストロゲン誘発性のゲノムおよび非ゲノム応答の調整能を有している。GPR30を活性化するシグナル伝達経路はまだ十分に解明されていないが、既存の文献に基づいて、可能性のあるシグナル系を図.2にまとめた。簡単に説明すれば、エストロゲン[50]やタモキシフェン[51]、ICI182,780[52]、G-1[44]などのリガンドは細胞膜を通過し、小胞体膜上で優勢発現するGPR30に結合して、ヘテロ3量体G蛋白質を活性化する可能性があり、これによってSrcとアデニル酸シクラーゼ(AC)が活性化し、細胞内cAMPが生成することになる。Srcはマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の活性化に関与しており、この反応はヘパラン前駆体上皮成長因子(pro-HB-EGF)を切断して遊離HB-EGFを放出させる。遊離HB-EGFはEGF受容体(EGFR)を活性化し、下流にある複数の反応(ホスホリパーゼC(PLC)やPI3K、およびMAPKの活性化など)を誘導する。また、活性化PLCによって生成したイノシトールトリホスフェート(IP3)は、IP3受容体に結合して細胞内カルシウムの動員を誘導する。PI3Kの下流シグナルはAKT経路であり、AKT活性化の主な生物学的結果は癌細胞増殖に深く関連している。癌細胞増殖に関しては、「生存」「増殖(細胞数の増加)」「成長(細胞サイズの増大)」という大まかな3つのカテゴリーに分類することができる[53]。MAPKとPI3Kの活性化は、数多くのサイトゾル内経路と核タンパク質の活性化をもたらし、さらに直接的なリン酸化を通してE26変換特異的(ETS)ファミリーメンバーや血清反応因子などの転写因子を制御する[54、55]。要約すると、GPR30シグナル伝達経路の活性化はほとんどの場合、腫瘍の増進を引き起こすということである。