腫瘍発生:Gタンパク質共役受容体30

エストロゲン生殖器系以外にも他の多くの器官系で、複数の生理学的および病理学的機能を担っている。そして、その転写活性化は既知の核内エストロゲン受容体(ER)が左右していると考えられてきた。しかし最近になって機能的なエストロゲン膜貫通受容体「Gタンパク質共役受容体30」が発見され、これがエストロゲンの急激な非ゲノム的作用とゲノム的転写作用を調節していることが明らかとなった。また、GPR30は分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)シグナル伝達経路を通して、エストロゲン関連腫瘍の進行を促進することがわかった。GPR30が介在する作用は、既知のERが欠損または阻害されている場合に持続するため、癌治療の期間中に頻発する薬剤耐性に関与している。これらの新しい知見はGPR30が、エストロゲン関連腫瘍の重要な治療標的である可能性を強く示唆しているため、GPR30と既知のERの両方を同時に遮断することによって、エストロゲン関連腫瘍の治療法が向上するかもしれない。

ヒト、特に女性にとって重要なホルモンであるエストロゲンは、女性の乳腺系と生殖系の発達に寄与するだけでなく、骨格成長および維持[1]、心血管機能[2]、中枢神経系機能[3]と免疫反応[4]の調節でも重要な役割を果たしている。そのため、エストロゲンの異常はこれらの系に関連した数多くの病的状態、たとえば子宮内膜症や乳腺および骨疾患、場合によっては腫瘍を引き起こすことになる。エストロゲンは非常に多くの系の生理学的および病理学的状態に大きく関与しているため、数十年前から重要な研究テーマとして取り上げられている。そして長年の研究の末にエストロゲンの作用は、既知の2つの核内エストロゲン受容体(ER)、ERαとERβを介するものであると考えられるようになった。ERαは1973年に初めて発表され[5]、その後しばらく経ってからERβが1996年に同定された[6]。ERαとERβは互いに異なる遺伝子、それぞれESR1とESR2がコードしたものであるが、両遺伝子は相同なDNA結合ドメイン(アミノ酸の類似性が97%)とリガンド結合ドメイン(アミノ酸の類似性が60%)を有している[7]。これら2つのERの明確な相違点は組織内分布にあることが実証されたため[8、9]、ERαとERβの異なる生理学的機能の可能性が示された。そして現在では、ERβとERαの作用が多くの系で相反関係にあることがわかっており[10-16]、たとえば乳癌細胞においては、ERαが17β-エストラジオール(E2)誘発性増殖作用に関与する受容体である一方で、ERβの活性化がこの作用を抑制するということが明らかとなっている[11]。ERαは成熟器官に多く分布しているERであり、子宮ではE2がERαを介して上皮および間質細胞増殖の両方を誘発するが、未成熟子宮における上皮および間質細胞のERαとERβはその発現レベルがほぼ同等である。細胞増殖のサプレッサーであるERβは主にE2作用を介してE2によるERα活性化を抑制するため[13]、これらの細胞または組織では、ERαとERβの比率がE2の効果を左右することになる。

主にリガンド依存性転写因子として機能するERは、標的遺伝子プロモーター領域内エストロゲン応答要素(ERM)への直接的な結合を通して別の転写制御因子を誘導し、その結果として標的タンパク質の産生が制御されることになる[17]。これはエストロゲンの生物学的作用であり、古典的またはゲノム対象[genomic]シグナル伝達経路と呼ばれ、細胞に効果を及ぼすのにたいてい数時間から数日かかるものである。実際に多くのエストロゲン応答がこの時間枠内で起きているが、エストロゲン刺激に対するいくつかの急速な生物化学応答、たとえば細胞内遊離カルシウム([Ca2+])の増加や、分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)、イノシトールリン脂質3キナーゼ(PI3K)、タンパク質キナーゼA(PKA)、タンパク質キナーゼC(PKC)など細胞内キナーゼ複合体の活性化が数秒から数分以内に起きているのも事実であるため[10]、これらの急速な応答はエストロゲンの非ゲノム作用によるものと考えられている。また、膜結合受容体介在作用に関連した急速な応答に対する、ERの関与が証明されている[18、19]。さらにERに加えて最近の研究では急速な応答が、新規の膜貫通型ER「Gタンパク質共役受容体30(GPR30)」、別名「Gタンパク質共役エストロゲン受容体(GPER)」を介するものであることが確認された[18-22]。また、エストロゲンのゲノム対象シグナル伝達経路におけるGPR30の介在も報告されている[23]。乳癌や子宮癌、卵巣癌、副腎皮質癌、前立腺癌、結腸直腸癌、肝臓癌、肺癌などのエストロゲン関連の癌発生および進行においては、ERが重要な役割を果たすことがわかっているため[10]、これに関連する治療標的の中には、既に臨床上で応用されているものや研究中のものがある。そのため、「新規受容体GPR30と癌との関係はどのようなものなのか?」という疑問の声が上がっている。