甲状腺癌の局所療法とホルモン療法

 全身性に投与する化学療法には限界があることから、腫瘍局所に抗癌剤を持続的に投与することによって治療効果を上昇させ、副作用を軽減できることを考慮した治療法が試験的に行われている。その一つが動注療法で、操作は上甲状腺動脈が分岐した末梢側からカテーテルを順行性に甲状腺葉の方向に挿管する。抗癌剤はまに5-FUが使用され、 250mg/dayを持続的に投与する、副作用がなければ2週間以上投与される。特に局所の浸潤性の大きな転移巣などに放射線照射を併用することが有用性を高める。

 また、最近肝細胞癌の治療に用いられているように、アルコールを腫瘍内に注入する試みがなされている。 G針を用い99%のエタノールを腫瘍内にリアルタイム超音波ガイド下に1回5㎡を注入する。疼痛、発熱、下痢、宿酔などの副作用は出現するが、耐えられるなら頻回に行う。化学療法や放射線療法に無効な病巣に対しても直接効果が期待できる。

            ホルモン療法

 分化した甲状腺癌には、正常な甲状腺が備えているホルモン調節機構が残存しており、癌細胞膜に下垂体からのTSHの情報を受け取る受容体が存在する。そのために腫瘍はTSHに対して依存性増殖を示すので、大量の甲状腺ホルモンを投与してTSHの分泌を抑制することにより、腫瘍増殖は抑制される。腫瘍の特性として、依存性は初期の分化度の高い時期に認められるが、増悪した段階では消失してしまうとされている。また、腫瘍は他の種々の増殖因子、 EGF (epidermal growth factor)、 IGF (insulin -
like growth factor)、 TGI (thyroid growth immunoglobulins)、 VIP(vasoactive intestinal peptide)などが関与しているとの報告があるので、増殖の各段階では複雑な因子が影響するためにTSHのみの依存性は少なくなるものと考える。しかし、臨床比較試験で甲状腺分化癌を対象にした無作為比較試験を行い、 TSH抑制治療の有用性について、正確に評価した成績はない。

 実際の投与方法は、一般的な薬剤としてL-triiodothyroxine (thyronamineR)や乾燥甲状腺末よりは安定な半減期の長いL-thyroxine (thyradin S)が用いられる。投与量は通常甲状腺機能低下症患者はL-thyroxine 1. 8 μg/kgとされているが、癌抑制療法としては60歳以下の患者では2.2から3.5μg / kg、 60歳以上では1.5から1.8μg/kgが適当である。投与量の目安は高感度TSH測定系を用いて血中レベルを0.5~6.2μU/㎡に抑制することである。 しかし甲状腺機能亢進症の状態は回避すべきである。とくに高齢者、高血圧、心疾患、糖尿病など成人病を合併した患者には投与量を十分に留意する必要がある。

 甲状腺分化癌には TSH依存性があるので、腫瘍病巣がヨードを摂取する性格を利用して131 Jを病巣に集積させる治療法である。通常分化癌は放射線に耐性のことが多く、外照射量では10 Gy 以上を照射しないと腫瘍効果を期待できないとされている。 131 1 は組織内3皿の範囲に強いβ線を出し、周辺の癌組織を破壊する。93例の分化癌を対象に1回50から220 mCi 投与で総計143回、50から890 mCi 照射で、評価可能病巣を対象にした場合、症例22例中CR 3例、 PR 6例、 41%の奏効率を認め特に肺転移、腫瘤径4cm以下の転移に対しては高い抗腫瘍効果が得られた。 Tubianaらは131 l による内照射効果を生存率で比較検討した結果、131 l の摂取陽性群の5生率、10生率が71%、 47%であったのに比し、陰性群では20%、8%と極めて悪かったと報告している。

 投与方法はまず甲状腺を全摘することが前提であるが、不可能な場合には131 l をlOOmCi投与してablationすることもある。その後、半減期の短いtriiodothyronineを3週間投与してから中止する。休薬1週間後にヨード制限食2週間行い、十分に甲状腺機能低下状態にして、血中TSHレベルを高めて腫瘍組織の感受性をよくしておく。この際131 I 小量投与による転移巣のヨード集積能を検査する必要がある。転移巣に集積が確認されれば大量投与の対象となる。 131 1 の治療量は100 mCi から200 mCi までで、2回目は1から3ヵ月後に、3回目後は6から12ヵ月間隔で、腫瘍が消失するまで続けるのが原則的である。

               
 この領域の癌は外科的治療が主体であること、増殖が緩慢であり、予後がよいこと、症例数が少ないこと、そして臨床癌専門医が治療に関与していないことなどから、日本では臨床試験研究がほとんどなされていない。今後全国的規模で組織化して、クリュカルトライアルを行う必要性があることを痛感させられる。