直訳から意訳、誤訳まで「翻訳型タイトル」

◇直訳系

 「不都合な真実(An Inconvenient Truth)」(2006年)は、アル・ゴア元アメリカ副大統領が、世界各地で地球温暖化への警鐘を鳴らすドキゴ=メンタリー映画。真実を語る作品タイトルに、飾りも細工もいりません。直訳系で勝負!

 史実にもとづく、クリント・イーストウッド製作・監督の2部作『父親たちの星条旗(Flags of Our Fathers)』と『硫黄島からの手紙(Letters from Iwo Jima)』(ともに2006年)も、直訳された邦題です。

 これら3作品の原題中、冠詞の「An」や、「星条旗」と「手紙」が複数あることを示す「-s」、そして「our (私たちの=アメリカ人の)」は、重要なメッセージ性を帯びるものです。

 しかし、日本語にはない文法に由来する暗示部分を繊細に訳出するよりも、どちらともとれる訳にぽかした方が、慣習的な直訳スタイルといえます。

 直訳というと敬遠されがちですが、映画『素晴らしき哉、人生!(It's a Wonderful Life)』(1946年)のような美しい直訳系タイトルもあります。

◇意訳系

 意訳系タイトル『めぐりあう時間たち(The Hours)』(2002年)も映画の美しさを伝える邦題です。ツァーシニア・ウルフ著『ダロウェイ夫人』に関わる3人の女性たちが、それぞれ別の時代に別の場所で迎える“運命的な1日”をクロスオーバーさせた文芸ドラマ。

 原題が「タイム(time)」でなく「限られた有意義な時間」という意味の「アワー(hour)」を使っていること、そして「特定の(The)時間(hour)たち(-s)」の相互作用にまで留意したのが、『めぐりあう時間たち』という意訳。

◇抄訳系

 シンガーソングライターのフィオナ・アップルさんが1999年にリリースしたアルバム『WHEN THE PAWN Hits the Conflicts He Thinks like a King / What He Knows Throws the Blows When He Goes to the Fight / And He'll Win the Whole Thing 'Fore He Enters the Ring / There's No Body to Batter When Your Mind Is Your Might / So When You Go Solo, You Hold Your Own Hand / And Remember That Depth Is the Greatest of Heights / And If You Know Where You Stand, Then You Know Where to Land / And If You Fall
1t Won't Matter, Cuz You'll Know That You're Right』は,最長アルバム名としてギネス認定を受けています。

 国内盤CDの帯では、「戦場に赴く歩兵は 王様のように考えるの 戦いの中では 知識こそがとどめをさせるから そして彼はリングに上がらずとも既に勝利を手に入れているわ 知性を武器にしたとき 叩きのめす相手など存在しないのだから だから独りで歩き出すときには 自分を信じて 自分を深めることだけが、頂上へと導いてくれるのだと覚えていなさい そして自分か何処に立っているかを分かっていれば 何処に向かえばいいかも分かるはず もしも途中でつまずいたとしても、大したことじゃない だってあなたの中にこそ“真実”はあるのだから」と訳しつつも、正式な邦題は「真実」のみ。

 90ワードからなる芸術的な原題をいったん意訳しておきながら、最後の1単語「Right」に相当する『真実』だけを抜きだした、実用的な邦題。まるで、90分映画をたったの1分の予告編で表現しきるような作業です。この抄訳ぶりもギネスものではないでしょうか?

◇誤訳系

 直訳系の『硫黄島からの手紙(Letters from IwoJima)』では、複数の「-s」がぽかされていると書きました。

 では、1957年のビット曲名『砂に書いたラブレター(Love Letters in the Sand)」も同じでしょうか? もし「ラブレター」が「恋文」のつもりなら、残念ながら誤訳です。

 砂浜が舞台のこのオールディーズ曲では、波が打ちよせるたびに、せっかく砂に書いた「ラブレター」が消されていくという場面が描かれます。たしかに手紙に相当する分量を砂に書いていたのかもしれません。それが毎度消されるようじゃイライラの極致でしょう。波のこない位置まで下がってから書きなおしてほしいものです(笑)。

 実は、「letter」には、「手紙」より以前に「文字」という基本的な意味があります。そして、「loveletters」とは「L-O-V-E」のアルファベット4文字を指しています。これだけなら消されても笑い話ですみそうです。

『翻訳者はウソをつく!』(福光潤=著)より