伝染病予防の原則

 伝染病予防control of communicable diseasesの原則は、伝染病発生の3大要因を中心に、環境条件や宿主条件を加えて、総合的に対策を立てることである。次に各要因に対する対策を簡単に述べる。

 なお、伝染病予防と防疫は本来同義語であるが、防疫を伝染病発生時の対策(防遏ともいう)のみに限局して使うこともあり、そのため発生時防疫と平常時防疫に区別することがある。

 1)病原体対策

 (1)消毒

 病原体を身体外において化学的、あるいは物理的手段で直接に殺すことを消毒dis-infectionという。伝染病発生時における消毒としては次の2法がある。

 同時消毒concurrent disinfection-感染者から排出される汚染物またはそれと接触した器物を、できるだけ速やかに消毒すること。ただし、このような消毒の前に、これらの汚染物や器物に接触することを最小限にするように注意すること。

 終末消毒terminal disinfection-患者が死亡または入院のため移動した場合、あるいは感染源でなくなったり、隔離を解かれたあとで、患者の使用した物品、病室などを消毒すること。つまり、患者の滞在場所を消毒することである。終末消毒が実施されることはまれで、通常は、部屋、家具、寝具などの通気と日光曝露による患者滞在場所の清浄terminal cleaning で十分である。終末消毒が必要なのは、間接接触で伝播する伝染病の場合に限られている。

 滅菌sterilizationとは、病原体、非病原体を問わず、すべての微生物を死滅させることである。殺菌も滅菌と同義語であるが、普通、滅菌は物品を対象とする場合に使われるのに対し、殺菌は微生物自身を直接の対象とする言葉として使われることが多い(例:ガーゼの滅菌、結核菌の殺菌)。防腐antisepsisというのは、微生物を死滅さlとるか、あるいはその発育を阻止して食物などの分解腐敗を防ぐことを意味する。

 また清浄cleaningとは、病原体あるいはそれが生存したり毒力を保ったりするのに好都合な有機物を、熱湯、石けんまたは適当な洗剤でこすったり洗ったりするか、真空掃除機で表面から除去する場合を指しているが、感染菌量を減少させ、あるいはそれを発病量以下に下げる点で重要な意義を持っている。

 (2)感染源の発見

 病原体は病原巣や感染源を通じて伝播される。これらがヒトの場合、その対策の原則は早期発見と隔離であったが、隔離よりは早期治療の方が重要と考えられるようになった。そのためにわが国では伝染病予防法を始め各種の関連法律によって医師に届出や報告の義務を課しており(表1)、また隔離の方法も規定されている。要届出伝染病患者届出票の様式(結核およびらいと性病は別様式)を参考のために示す(表2)。

 (3)伝播防止

 隔離isolationとは、感染しているヒトまたは動物を伝染可能期間中、ほかから引き離しておくことをいい、これらの感染者または感染動物から排出された病原体が、感受性のあるものや病原体をまき散らす可能性のあるものに、直接、間接に伝播するのを防ぐことを目的としている。

 国内には常在しないで、病原体が海外より持ち込まれた場合にのみ流行する伝染病を外来伝染病exotic infectious disease というが、これに対しては海・空港や国境で検疫quarantineが行われる。検疫の対象となる外来伝染病を検疫伝染病quaran linable disease といい、わが国では検疫法により規定されているが、これは国際保健規則International Health Regulationsに準拠している。現在、コレラ、痘そう、ペスト、黄熱の4種が検疫伝染病に指定されている(1969年7月の第22回世界保健総会で、発疹チフスと回帰熱を国際検疫伝染病よりはずして、インフルエンザ、マラリアおよびポリオとともに要サーベイランス疾病diseases under suveyllanceとすることが決定され、 1971年(昭46)より実施された。また、 1981年5月の第34回世界保健総会では痘そうを削除することも決議され、 1982年から施行されている。なお、現在の国際保健規則は、 1970年まで国際衛生規則International Sanitary Regulationsと呼ばれていた。

 感染症患者は他への感染源になる可能性をもっていることから、社会からの偏見や差別を受けやすい。最近は、社会防衛のために、少数であれ個人の人権を大きく制限することは望ましくないという考え方が主流となっている。これはHIV感染者への偏見の問題がきっかけとなり、特に強調されるようになった。したがって、医療従事酋のみならず、学校や行政や職場の関係者は、患者が地域社会や職場、学校などで、その人権が侵されないよう、患者情報の保護や人権の確保のために最大限の注意を払う必要がある。