安部帝京大学副学長への刑事告発

 輸入濃縮製剤でHIVに感染させられた血友病患者らが、危険であることを承知で非加熱濃縮製剤を患者に投与し続けたのは殺人罪に相当するとして、初めて医師を殺人未遂の罪で東京地検特捜部に告発した。これまで厚生省および血液製剤メーカーに対し民事訴訟を起こしていたが、医師に対する刑事告発はこれが初めてである。

 

 告発されたのは帝京大学制学長の安部英氏。自他ともに認める血友病の権威で、一九八三年六月、厚生省のエイズ研究班班長に就任している。

 

 安部氏の班長への就任は、第一に、日本にエイズがすでに上陸しているか否かを判じること、第二に、血友病治療薬の血液製剤をどうするかを最大課題とするものであった。

 

 これらの点について氏はどう感じていたか。私は九四年三月初め、氏を訪ねて二時間半にわたって話を聞いた。

 

 「輸入濃縮製剤の危険は、少なくとも私か委員長になりましたときには知っておりました」

 

 つまり、エイズ研究班の班長になった時点では危険性を察知していたと氏は答えた。

 

 「八三年六月にはね、その危険性があると感じました。そして(エイズウイルスが)日本にも来ておるかもしれないということは感しました」

 

 だが、これより前に氏は非加熱濃縮製剤の危険について知っていたはずだ。なぜなら、「八二年一〇月ごろ」自分の血友病患者第一号の人について「彼がエイズに罹患したことを考えるようになった」と氏は著書『エイズとは何か』の中で述べているからだ。そしてこの患者に非加熱濃縮製剤を投与したのであるから「私は下手人」だとも懺悔している。

 

 「それはね」-安部氏は声を張り上げた。「厚生省が血液製剤によるエイズ感染は薬害ではないと、もう決めちゃったんです。私はそれを非常に憤慨したんです」

 

 血友病患者のエイズ感染は、非加熱濃縮製剤による感染であるから明らかに薬害である。それなのに、厚生省は薬害ではないということにして自らの責任を逃れようとした。そのことに立腹して安部氏は、自らを「下手人」と断じることによって、医師の責任を明らかにし、さらには厚生省の責任も明らかにしようとしたのだ、という主張を氏は展開した。

 

 となれば、安部氏は自らに課せられた第一の設間、日本にエイズは上陸しているか否かについては、明確な答えを持っていたことになる。氏の患者に症状が出ていたように、HIVはすでに上陸していたのだ。

 

 第二の設間の非加熱濃縮製剤の問題点についても、それを使わせることは「薬害だ」と明らかに認識していた。ならば、薬害の元凶である非加熱濃縮製剤に氏は具体的にどう対処したのだろうか。

 

 この点に焦点を絞り込むと、信じ難い事実が浮かんでくる。氏はまず、危険な非加熱濃縮製剤の投与をやめて他の薬に替えていくことを、事実上拒否した。クリオ製剤に切り替えたらどうかという意見がエイズ研究班の他の委員から出されたとき、それは治療の実態を知らない者の意見だとして激しい反応を示したという。

 

 従来どおりの非加熱濃縮製剤を使わせ続けることに固執した安部氏は、その製剤に混入しているエイズの原因ウイルスを不活性化させる加熱の治験さえをも、「遅らせた」と氏自らが語ったのだ。

 

 重ねていうが、今回のインタビューの中で氏はこのことを認めたのだ。

 

 「私がちょっと遅らせたいという事情があるんですね、治験を。(中略)私はね、各製薬会社がみな同じように進んでいくことは、患者さんが動揺しませんから……」

 

 各社横並びということは加熱濃縮製剤の開発で最も遅れていた最大手の製剤メーカー、ミドリ十字を事実上助けることになる。そのために、開発の進んでいた他社の治験の開始を遅らせたということか。その間、安部氏は、患者には危険な非加熱濃縮製剤を従来どおり投与し続けた。

 

 なんのためにそうしたのか。帝京大の内部事情に詳しいある人物が語る1「先生の机には預金通帳の束が無造作に置いてあり、先生はよくその通帳を眺めていました。製薬メーカーからの入金をチェックしてたのだと思います」

 

 この人物は「このぐらいの厚さで預金通帳がありました」と述べて、一〇~一五センチほどの厚さを手で示した。この証言から、安部氏がカネで医師の魂を売り払った疑惑が色濃く浮かんでくる。メーカーからの資金で、血友病治療に関する国際シンポジウムを開き続けた安部氏は、自らの最高権威としての地位を守るためにも、メーカーから資金を求めたのではないか。その安部氏の心の中で、患者はどれはどの重要性を占めていたのか。氏は、HIVに感染させられた二〇〇〇人もの患者たちの思いを込めた刑事告発に対し「なにも恥じることはない」といいきった。ならば、ぜひ、恥じることのないその事実を逐一明らかにしてほしい。そして全国の医師は、この刑事告発を安部氏一人のものと考えず、自らにも突きつけられた厳しい問いだと受け止めてほしい。