官・業・医の無責任の連鎖

 一九九七年三月は薬害エイズの刑事裁判が集中した月だった。安部英氏、二百に松村明仁元厚生省生物製剤課長、二四日に松下廉蔵氏らミドリ十字歴代の三社長の初公判が行なわれた。容疑はいずれも業務上過失致死罪である。

 

 東京地検が安部、松村両裁判を、大阪地検ミドリ十字裁判を担当している。

 

 三つの裁判の冒頭陳述から浮かびあかってくるのは、この国の医療が救いようもなく患者の健康や生命に鈍感であり続けてきたという事実だ。

 

 検察の冒頭陳述書から、被告人の罪を生々しく曝いた箇所を拾ってみよう。

 

 まず安部被告人である。氏が医師としての注意義務を怠り、患者をHIVで死に至らしめ

た理由の一つは、製薬会社との金銭的な密着だったと行頭陳述書で断じた。

 

 これまで安部氏は、自らが主宰する財団法人血友病総合治療普及会の設立資金として、四三〇〇力円を製薬企業に寄付させていたことは知られていたが、検察はこのはかにも①国際会議への参加旅費’滞在費として自己のみが管理する銀行口座に寄付させた、②会合諸経費の資金として一社当たり五○万円程度、計三五〇万円を入金させて適宜使用した、③

国際血友病治療学シンポジウムの運営資金、計二五五〇万円を寄付させ、余剰金計二〇〇〇万円を安部氏は、財団法人の設立資金に自己の個人資産と称して供出したなどで計八四〇〇万円、そのはかにも計九〇件、一四八八万円を頻繁に個人的に受領したとの旨、明らかにした。

 

 安部氏に対する資金の流れは。銀行の守秘義務があり、長年の取材でもわかりにくい側面だった。それだけに検察の示したような頻繁かつ多額の資金の流れは、私にとって最も生々しく迫ってくるくだりだった。

 

 松村元課長は、厚生省が日本のエイズが非加熱濃縮製剤の投与による薬害であることを隠し続けていたのに、安部氏が八五年三月二一日の『朝日新聞』に、実は日本のエイズ患者一号は自分の診ていた血友病患者だったと告げたとき、「安部先生は何を考えているんだ」と怒ったそうだ。日本のエイズ薬害エイズであったことが明らかになり、厚生省のエイズ対策の遅れが間われることを恐れたのだ。同課長はこのときになって初めて、安全な加熱濃縮製剤の承認に本格的に取り組み始めた。

 

 また、血友病患者二七人中六人がHIVに感染していたことを突きとめた八四年一一月の栗村教授の論文が厚生省のエイズ分科会に報告されると、患者の心配よりもまず先に「新聞に報道されるかね」といって、これまたわが身の非が公になることを恐れた姿が検察側冒頭陳述書によって描かれている。

 

 ミドリ十字の場合は、利益追求の企業エゴイズムが明らかにされた。

 

 安全な加熱濃縮製剤が承認された後の非加熱濃縮製剤の販売停止および回収については各社、多様な対応をした。最も悪いのがミドリ十字だ。同社は、加熱濃縮製剤が導入された後も非加熱濃縮製剤を売り続け、卸業者にも売らせ続け、加熱濃縮製剤の出荷を少量に制限して非加熱濃縮製剤を優先させ、しかもミドリ十字の非加熱濃縮製剤は安全な国内血を原料にしていると嘘の宣伝をした。嘘の宣伝を営業部が行なっていることを知った松下は、「今訂正すればこれまでの嘘がわかってしまう。このままいくしかない」と述べ、嘘を嘘のまま通してしまう決定をしている。

 

 冒頭陳述を読むかぎり三者三様、許せない嘘と怠慢とエゴイズムの極致を具現化したわけだが、法廷ではこれまた見事に責任のなすり合いを演じた。

 

 松村氏は「なぜ私一人だけが責任を問われるのか」と問い、厚生大臣、薬務局長も含めて全員の責任だと主張した。安部氏は自分は一介の医師であり、他の国のどの医師も同様に非加熱濃縮製剤を使い続けたと主張した。ミドリ十字は、危険な製剤だということを厚生省が教えてくれなかったと述べた。

 

 官・業・医の、この無責任の連鎖を断ち切るのは、やはり徹底した情報公開しかない。彼らの挙手一投足を、必要とあれば国民が知ることができるような仕組みをつくってこそ、薬害エイズにみられるような悪の構造を変えることができるのだ。