百日咳 Whooping cough (Pertussis) :パラ百日咳

I 臨床的特徴

 1.症状 百日咳は特有な痙攣性咳嗽を主徴とする急性呼吸器感染症で、主病変は気管支上皮の炎症と間質性肺炎である.全経過は6~8週間、3期に分けられる。

 1)カタル期(1~2週間)発病は潜行|生で鼻汁・乾性咳嗽・結膜充血・朧涙・微熱などを呈し、咳が次第に激しく刺激性になってくる。

 2)痙咳(発作)期(2~4週間)激しい咳が頻発して痙攣性を帯び反復する。通常の鎮咳剤に反応せず連発性になり、顔を真赤にして咳き込む。この発作中は吸気する間がなく1呼気中に数回~十数回の反復性の咳staccatoをした後、吸気とともに空気が声門に吸引されるとき笛声が聞かれる。顔面浮腫状、前傾姿勢をとり舌を出している。嘔吐を伴い、粘相性の透明な痰を喀出すると治まる。この発作は夜半に多い。その繰り返しをrepriseという。普通平熱で胸部所見は乏しい。出血斑や結膜出血を見ることもある。疲労や体重減少も認められる。

 3)回復期(2週間)発作性の痙咳や笛声、嘔吐は次第に軽くなるが、咳は軽い刺激によっても誘発され、数か月も続くことがある。

 診断は臨床症状に加えて絶対的リンパ球増多を伴う著しい白血球増多(白血球数15、000以上、リンパ球70%以上)があれば強く疑われる。ただし、幼若乳児ではこの所見が認められるとは限らない。予防接種歴、感染者との接触歴も参考になる。 CRPは陰性か弱陽性、赤血球沈降速度はあまり亢進しない。胸部エックス線像では肺紋理増強、肺門周囲浸潤程度であるが、肺門を頂点として斜下方に広がり、横隔膜を底辺とする三角形の陰影の見られることもある。重感染があれば、これらの症状や所見は修飾される。ワクチン未接種の幼若児では重症化しやすく、罹患率も死命率も高い。

 パラ百日咳は百日咳よりも軽症であるが、臨床的に区別し難い。学童期に見られる。百日咳の数%か。1~2週間の潜伏期の後、上気道炎または気管支炎の症状で発症し、咳嗽が増強する。しかし発作性咳嗽は2~3週間で程度も軽い。百日咳ワクチン完了者で百日咳様症状が認められれば疑ってみる。白血球増多・リンパ球増多も見られる。

 百日咳は痙攣性ないし頑固な咳を特徴とする疾患との鑑別を要する。反復性、遷延性あるいはアレルギー性気管支炎、細気管支炎、肺炎、気管支喘息、気道異物、マイコプラズマ感染症などで、細菌検索、抗体価、血液像、胸部エックス線像などで区別する。

 2.病原体 百日咳菌。グラム陰性桿菌、発育にはペニシリングリセリンじゃがいも血液培地(ボルテージヤング培地)が必要である。新しく発育した菌の抗原型は第1相菌で、培養の経過中に第II、 III、 IV相菌を生ずる。百日咳菌には1)白血球増多因子leukocytosis promoting factor、 LPF 2)ヒスタミン増感因子histamin sensitizing factor、 HSF 3)線維状血球凝集素filamentous hemagglutinine、 FHA 4)感染防御抗原protective antigen、 PA 5)易熱性毒素heat-labile toxin 6)易熱性凝集素heat-labile agglutinogen 7)内毒素endotoxinなどが産生され、これらが百日咳の病態生理に関与している。

 パラ百日咳菌召りrdetella parapertussis。グラム陰性短桿菌。ボルデ・ジャンク培地のみならず普通寒天培地にも発育する。褐色色素を産生しβ溶血を呈する。

 百日咳とパラ百日咳とは菌の分離によってのみ鑑別可能である。

 3.検査

 1)菌検査 鼻咽腔粘液、喀痰を採取後直ちにボルデ・ジャンク培地に接種して4日以上観察する。咳を平板培地に吹きつける方法cough plateよりもこの方が優れている。菌はカタル期、痙咳初期に検出されるが、その後は検出されにくくなる。直接螢光抗体法による百日咳菌の迅速診断には熟練を要する。

 2)血清抗体価 百日咳菌凝集素価が流行株(1、3型)に対して上昇していれば確診できる。百日咳防御抗体と見られるFHAやLPF-HAに対する抗体価をELISAによって測定する。

 Ⅱ 疫学的特徴

 1.発生状況 百日咳は世界的に見られ乳幼児に多発する。わが国では1950年(昭25)には120、000人以上の届出があったが、予防接種の普及とともに減少し幻の病気といわれるまでに至った。ところが1974年(昭49)のDPTワクチン接種事故を契機として予防接種の中止に伴い、79年には患者13、095人、死亡41人に達した。改良ワクチンによる接種再開後の届出患者数は、80年5、033人、85年938人、90年583人、92年391人と再び減少しているが、実数は届出数をかなり上回っていると考えられる。

 2.感染源 ヒト、患者の鼻咽腔や気道分泌物およびそれらに汚染された器物o

 3.伝播様式 患者からの飛沫感染や直接接触によって感染する。汚染されたばかりの器物を介しても起こり得る。最近、年長児や親同士を介しても小児に伝播される。

 4.潜伏期 7~10日。まれに14日以上。

 5.伝染期間 感染後7日ごろからカタル期の初期に伝染力は最大で、痙咳期になると次第に低下して20日後には濃厚に接触しない限り感染しなくなる。抗菌薬治療開始後は5~7日で伝染性はほとんどなくなる。

 6.ヒトの感受性 感染係数は85%程度で発症しやすい。母体からの経胎盤受動免疫はほとんど認められず、新生児百日咳は重症である。罹患後は長期間免疫が保持されて再感染は滅多に起こらない。乳幼児期を過ぎると軽症になり、年長児や成人の症例も認められるが激しい咳だけが目立ち、非典型的経過のために見逃されることも少なくない。

 III 予防対策

 A 方針

 乳児を持つ両親に百日咳の危険性、合併症のおそろしさ、予防接種の有用性について教育する必要がある。百日咳は伝染力が強く、いったん発症すると治療が困難である。乳児では重症で致命率も高いので予防すべき疾患である。予防接種の有効性は認められている。障害の大きい乳幼児を中心に予防すべきである。従来の全菌体ワクチンでは内毒素による副反応が間題であったが、感染防御のために菌体表面に存在するFHAとLPFを含むコンポーネントワクチンacellular vaccine がわが国で開発され、1981年(昭56)から改良ワクチンとして用いられ、安全性が認められている。

 B 防疫

 1.百日咳は届出伝染病であり、学校伝染病第2類に属している。厚生省結核サーベイランス事業の対象疾患として定点から報告されている。

 2.予防接種法に基づいて定期予防接種を行う。DPT3種混合ワクチンとして接種時期はジフテリア破傷風とともに第1期に行う。1994年(平6)10月の予防接種法の改正で開始年齢2歳を集団接種でも3ヵ月から接種できるようになった。また第1期接種は3回法から2回法へと検討中である。接種回数の増加するほど局所反応が増強することおよび2回接種後にも十分な抗体価が得られるためである。

 C 流行時対策

 1.百日咳を診断した医師は24時間以内に保健所長に届け出る(届出伝染病)。

 2.患者の早期診断と病原菌検索 感染力はカタル期に最大であるが、この時期に診断することは難しい。患者を感受|生者(特に乳幼児、中でもワクチン未接種者)に曝露しないようにする。そして特有な咳が消失するまで登校停止とする。

 3.接触者の発病の早期診断 接触者がワクチン未接種乳児のリスクファクター保有者か否かを速やかに調査する。患児から親同士の接触を経て他家族の小児に伝播されることもある。年長者では激しい咳だけが主症状であることに注意する。

 4.患者に接触した者にワクチン追加免疫を行う所(外国)もあるが、一般にはエリスロマイシン予防内服を7~14日行う。内服5日後までは免疫のない小児との接触を避けるOエリスロマイシンは感染可能の時期を短縮するが、潜伏期またはカタル期初期に与えられない限り症状を軽減しない。

 5.一般の人々、特に乳幼児を持つ母親に百日咳の危険性を周知教育し、予防接種の必要性と正しい受け方を認識させる。

 6.予防接種未完了乳幼児は人の集まる場所を避ける。DPT I回追加接種の必要な場合もある。

 D 国際的対策

 百日咳はWHOのEPI (拡大予防接種計画)の対象疾患である。 EPIでは生後6週DPT第1回、10週DPT第2回、14週DPT第3回をポリオと同時接種する方式である。したがって海外渡航前に乳幼児は完全な基礎免疫が必要である。

 E 治療方針

 抗菌薬のうち、百日咳菌に抗菌力の大きい方からマクロライド剤(特にエリスロマイシン)、テトラサイクリン(特にミノサイクリン)、クロラムフェニコールの順であるが、乳幼児が対象であるため主としてエリスロマイシン内服が行われる。経口抗菌薬の中でセファレキシンやセファクロルは無効である。静注用ではロイコマイシン、ピペラシリン、セフォペラソン、ラタモキセフ、セフォタキシムが有用である。ただし、カタル期には有効であるが、痙咳期に入ると臨床効果は期待できず、経過も短縮できない。静注用カンマグロブリンの併用もよい。

 パラ百日咳菌に対する最小発育阻止濃度MICは百日咳菌よりも高いが、アンピシリン、エリスロマイシン、テトラサイクリン、いずれも有効である。