一般社会におけるブドウ球菌感染症:Staphylococcal disease in the community

I 臨床的特徴

 1.症状

 皮膚・皮下組織の病変 膿痂疹、毛嚢炎、病、膿、蜂巣炎、皮下膿瘍などの化膿性病変を起こす。局所の発赤、腫脹、熱感、疼痛などが見られ、病変が深部に及ぶ場合には全身の発熱、倦怠感、頭痛、食思不振なども見られることがある。

 眼科・耳鼻科的疾患 結膜炎、麦粒腫、眼窩蜂巣炎、中耳炎、乳様突起炎などを起こす。

 全身性疾患 肺炎、膿胸、肺膿瘍、骨・関節炎、腸炎などを起こす。腸炎は抗菌剤投与に伴い菌交代性に起こることが多い。また原発性に敗血症、髄膜炎、脳膿瘍なども起こすことがあるが、深い剌創などの感染に伴う二次的菌血症によることがある。

 毒素による病変 表皮剥脱毒素exfoliative toxinによるブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群Staphylococcal scalded skin syndrome があり、これには皮膚感染により局所的に表皮剥脱毒素が産生されて起こる水疱性膿痂疹(とびひ)と、感染病巣(咽頭、結膜、臍などが考えられている)で産生された表皮剥脱毒素が全身皮膚に作用するリッター病がある。ほかに腸管毒素による食中毒、毒素性ショック毒素による症候群があるが、後者については後述する。

 2.病原体 免疫学的に異常のないヒトに対して病原性を発揮するのは、黄色ブドウ球菌である。深部皮膚の化膿性病変や全身性病変はファージI、 III、 80/81群(コアグラーゼ2、4型)の菌によることが多く、敗血症はファージII群の菌によることもある。表皮剥脱毒素産生による水疱性膿痂疹はファージII(コアグラーゼ5型)、 I/III群(コアグラーゼ1型)の菌、リッター病はファージI/III群(コアグラーゼ1型)の菌によることが多い。

 表皮ブドウ球菌などのコアグラーゼ陰性ブドウ球菌は一般の人には感染症を起こさない。

 3.検査 病変部から得られる膿、血液、髄液などを培養し菌を分離する。分離した菌についてはコアグラーゼ試験を行う。疫学的にはファージ型別、コアグラーゼ型別を行う。開放性に得られた材料からの分離菌ではコアグラーゼ型別などを行うことにより、その起炎菌としての意義を推定することができる場合がある。

II 疫学的特徴

 1.発生状況 世界的に存在する。個人的衛生水準の低い人口密集地に多い。好発年齢は小児で気温の高い地域に多く、病原性の強い菌株により繰り返し感染することが多い。

 2.感染源 ヒトで健康保菌者、感染病巣などが感染源となり得る。

 3.伝播様式 自己感染が約30%に見られる。健康保菌者、感染患者との接触感染が多く、汚染された器具や物品、医療従事者の手を介した感染も多い。塵埃や飛沫による空気感染はまれである。

 4.潜伏期 通常4~10日であるが、一定していない。

 5.伝染期間 開放性に排膿のある期間中、保菌者では保菌期間中oこの間自己感染も起こり得る。

 6.ヒトの感受性 免疫機構についてはよく分かっていないが、新生児・乳児、慢性疾患患者は感染しやすい。老人、消耗性疾患患者、また糖尿病、無カンマグロブリン血症、無顆粒球症、好中球機能異常症、腫瘍、熱傷などのある患者では特に易感染性である。ステロイド抗がん剤使用患者も易感染性である。

 予防対策

 A 方針

 1.個人の衛生教育、特に手洗いの重要性を教える。

 2.小児、家族内の初発患者を直ちに治療する。

 B 防疫

 1.隔離 一般社会では実際的ではない。感染患者は乳児や消耗性疾患患者との接触を避ける。開放性病巣は被覆する。

 2.消毒 開放性病巣の被覆物、膿での汚染物品はビニール袋に入れ焼却処分する。

 3.接触者の調査 開放性病巣の有無を調査するo

 c 流行時対策

 1.患者、特に開放病巣のある患者の病巣の被覆と適切な治療。

 2.一地域における黄色ブドウ球菌感染症の流行、あるいは散発的発生に注意する。このような場合、特定の感染源となるような患者あるいは保菌者が存在することがある。

 D 国際的対策

 特別なものはない。

 E 治療方針

 深部皮膚感染症、全身性疾患には抗菌薬療法を行う。黄色ブドウ球菌のほとんどはペニシリナーゼ産生菌であり、その治療にはクロキサシリンのようなペニシリナーゼ耐性ペニシリンや、セフアロチン、セファソリンなどの第一世代セフアロスポリン剤を使用する。最近、メチシリン耐性の黄色ブドウ球菌感染症が問題になっているが、重篤な全身性感染症にはバンコマイシンの投与が必要で、早期に使用する必要がある。

 膿瘍を形成した場合には抗菌薬療法だけで治癒させることは難しく、切開し、排膿を十分に行うことが重要である。膿胸の場合にも持続吸引排膿を十分に行う必要がある。

 表在皮膚感染症に対してはバソプラシンの入った軟膏を塗布し、局所を被覆する。

 ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群患者に対しては、皮膚への抗菌薬軟膏の塗布は行わない。水疱性膿痂疹に対しては皮膚を覆い、経口でフルクロキサシリンあるいはセフアロスポリン剤を投与する。リッター病では非経口的にクロキサシリンなどを投与し、皮膚の保護に努める。

 結膜炎には有効な抗菌薬の点眼を行う。麦粒腫は切開排膿する。中耳炎には有効な抗菌薬の内服投与、乳様突起炎には非経口投与を行う。