1時間ほどのトレーニングでタンパク質合成が促進する理由

RNAがDNA暗号を転写する働きは、条件によって促進されたり、逆に抑制されたりします。この現象が最もよく知られているのは、アクチン、ミオシンなどの筋肉の収縮性タンパク質が合成される際の、運動トレーニングによる促進です。

運動選手が身体運動のトレーニングを毎日続けると、身体運動でよく活動する筋肉が発達して太くなり、より強い力を出すようになります。これがよく知られているトレーニング効果です。この効果は、毎日運動を続けることにより、運動に使われる筋肉の収縮性タンパク質、アクチンやミオシンなどの合成が盛んになるためです。この仕組みを説明いたしましょう。

(1)筋肉収縮のエネルギー源であるATPがADPと無機リン酸Piに分解されます。したがってATPの分解産物ADPとPiが筋肉に蓄積します。

(2)筋肉の収縮は筋繊維のミクロな損傷を起こします。この結果、筋繊維に開いたミクロな傷口から侵入した細菌に対抗する免疫物質が産生されます。

(3)筋肉の発生する張力が原因となって、いろいろな反応が起こり、その反応生成物が蓄積します。

これらの変化は筋繊維内に一連の化学反応を引き起こします。これをカスケード反応といいます。カスケード反応により最終的に作られるのは、転写促進因子と呼ばれるタンパク質です。この反応により筋繊維中に転写促進因子が現れ始めるのは運動を始めてからわずか1時間ぐらいです。なお、この転写促進因子もDNAの遺伝暗号からつくられるタンパク質です。

この転写促進因子は筋繊維の核の中に入り込み、mRNAによるDNA上のアクチン、ミオシンなどの収縮性タンパク質の遺伝暗号の転写を促進します。暗号を転写したmRNAは核外に出てリボソームと結合し、アクチン、ミオシンなどの収縮性タンパク質の合成を盛んに行うのです。

なお、この転写促進因子の構造が変化すると、がんを引き起こすがん遺伝子になります。転写促進因子には多数の種類があり、それぞれ特定のタンパク質の遺伝暗号の転写を促進し、組織や細胞の増殖に不可欠なものです。しかしこれらの構造がウイルスなどの作用により変化すると、特定の組織を無制限に増殖させるようになります。これが癌にほかなりません。