予防接種に関する考え方の変化

 予防接種は、対象とする感染症の世界的状況の変化と、まれながら起こり得る副反応(健康被害)に対する国民の意識を反映して、次のような改変を迫られるようになってきた。

 ① 予防接種対象疾患の変化:

 三大疫病を始めとする重大伝染病の制圧により、予防接種の主たる対象が昔ならば子どもはすべてかかるものと考えられていた感染症で、時に重篤な合併症のある麻疹のような疾患や、妊婦の罹患により先天異常の起こり得る風疹の予防などへ変わってきた。

 ② 集団防衛から個人防衛へ:

 免疫の壁で地域を守る集団防衛の戦略から、自分自身の予防のための個人防衛へと意識が変わってきた。

 ③ 義務接種から勧奨接種へ:

 したがって法律による強制接種よりも、必要な予防接種を国が勧め、子どもや親達はこれを受ける努力をするといういわゆる勧奨接種の時代になった。接種率の保持のためには健康教育をさらに努力することとした。

 ④ 救済制度は存続し、被害者への対応を手厚くする:

 個人防衛であっても、接種率を高く保てれば疾患の流行は防止でき、社会防衛にはなるということで健康被害救済制度は存続できることになった。救済のための年金は増額し、介護手当を新設した。

 ⑤ 医療関係者や保護者への情報の提供:

 予防接種の必要性の周知、さらには副反応の症状や頻度の情報も周知(インフォームドコンセント)させる必要がある。

 ⑥ 集団接種から個別接種へ:

 かかりつけの医師による個別接種がいわゆる事故予防にも有利であり、個人別のサービスも可能であるので、個別接種を原則とする。当面の間の集団接種はBcGとポリオ生ワクチンであり、学校の場での接種は市町村の実状に合わせることになる。

 こうした状況の変化の他に、予防接種健康被害の集団訴訟の高裁判決を踏まえ、行政的に行う予防接種の手続きにつき裁判所の考え方に対応できる体制を整える必要もあった。裁判所の考え方を要約すると。

 国は法律で予防接種を強制していた→しかし国民に予防接種の必要性やリスクについての情報を与えていなかったばかりでなく、医師にも副反応に関する情報を周知させていなかった→したがって十分な予診が尽くされず→禁忌該当者に接種したため重い副反応が起きた、という論理であった。

 また、予防接種と発生した疾病との因果関係は、科学的に確固たる証拠がなくとも、高度の蓋然性があればよい、とされる。ただし、法律家のいう高度の蓋然性とは、自然科学でいうような厳密な因果関係ではなく、一応の理屈がつけばよいという程度であるのが実態である。

 最高裁判決によれば、予防接種の副反応によって後遺障害が発生した場合には、次のように判断されている。

  「①禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが、禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと

  ②被接種者が右個人的素因を有していたこと

 等の特段の事情が認められない限り、被接種者が禁忌者に該当していたと推定するのが相当である。」

 つまり、通常は起こらないはずの副反応が、後遺症を残したり死亡したりするほど重く起こったとすれば、禁忌に該当する者に接種をしたためと考えるのが自然である、という判断である。また問診についても、素人に分かりやすい言葉できちんと質問して禁忌に該当しないことを確かめ、予診を尽くしていない限り上記のように考える、というのか裁判の場での判断である。

 このため、問診には質問票(予診票)を用いる方式となったし、予診も今後はその場で検温し、視診だけでなく聴診を含む診察をして、予診を尽くしたといえる程度の体制をとる必要が生じたのである。