安部帝京大学副学長への刑事告発

 輸入濃縮製剤でHIVに感染させられた血友病患者らが、危険であることを承知で非加熱濃縮製剤を患者に投与し続けたのは殺人罪に相当するとして、初めて医師を殺人未遂の罪で東京地検特捜部に告発した。これまで厚生省および血液製剤メーカーに対し民事訴訟を起こしていたが、医師に対する刑事告発はこれが初めてである。

 

 告発されたのは帝京大学制学長の安部英氏。自他ともに認める血友病の権威で、一九八三年六月、厚生省のエイズ研究班班長に就任している。

 

 安部氏の班長への就任は、第一に、日本にエイズがすでに上陸しているか否かを判じること、第二に、血友病治療薬の血液製剤をどうするかを最大課題とするものであった。

 

 これらの点について氏はどう感じていたか。私は九四年三月初め、氏を訪ねて二時間半にわたって話を聞いた。

 

 「輸入濃縮製剤の危険は、少なくとも私か委員長になりましたときには知っておりました」

 

 つまり、エイズ研究班の班長になった時点では危険性を察知していたと氏は答えた。

 

 「八三年六月にはね、その危険性があると感じました。そして(エイズウイルスが)日本にも来ておるかもしれないということは感しました」

 

 だが、これより前に氏は非加熱濃縮製剤の危険について知っていたはずだ。なぜなら、「八二年一〇月ごろ」自分の血友病患者第一号の人について「彼がエイズに罹患したことを考えるようになった」と氏は著書『エイズとは何か』の中で述べているからだ。そしてこの患者に非加熱濃縮製剤を投与したのであるから「私は下手人」だとも懺悔している。

 

 「それはね」-安部氏は声を張り上げた。「厚生省が血液製剤によるエイズ感染は薬害ではないと、もう決めちゃったんです。私はそれを非常に憤慨したんです」

 

 血友病患者のエイズ感染は、非加熱濃縮製剤による感染であるから明らかに薬害である。それなのに、厚生省は薬害ではないということにして自らの責任を逃れようとした。そのことに立腹して安部氏は、自らを「下手人」と断じることによって、医師の責任を明らかにし、さらには厚生省の責任も明らかにしようとしたのだ、という主張を氏は展開した。

 

 となれば、安部氏は自らに課せられた第一の設間、日本にエイズは上陸しているか否かについては、明確な答えを持っていたことになる。氏の患者に症状が出ていたように、HIVはすでに上陸していたのだ。

 

 第二の設間の非加熱濃縮製剤の問題点についても、それを使わせることは「薬害だ」と明らかに認識していた。ならば、薬害の元凶である非加熱濃縮製剤に氏は具体的にどう対処したのだろうか。

 

 この点に焦点を絞り込むと、信じ難い事実が浮かんでくる。氏はまず、危険な非加熱濃縮製剤の投与をやめて他の薬に替えていくことを、事実上拒否した。クリオ製剤に切り替えたらどうかという意見がエイズ研究班の他の委員から出されたとき、それは治療の実態を知らない者の意見だとして激しい反応を示したという。

 

 従来どおりの非加熱濃縮製剤を使わせ続けることに固執した安部氏は、その製剤に混入しているエイズの原因ウイルスを不活性化させる加熱の治験さえをも、「遅らせた」と氏自らが語ったのだ。

 

 重ねていうが、今回のインタビューの中で氏はこのことを認めたのだ。

 

 「私がちょっと遅らせたいという事情があるんですね、治験を。(中略)私はね、各製薬会社がみな同じように進んでいくことは、患者さんが動揺しませんから……」

 

 各社横並びということは加熱濃縮製剤の開発で最も遅れていた最大手の製剤メーカー、ミドリ十字を事実上助けることになる。そのために、開発の進んでいた他社の治験の開始を遅らせたということか。その間、安部氏は、患者には危険な非加熱濃縮製剤を従来どおり投与し続けた。

 

 なんのためにそうしたのか。帝京大の内部事情に詳しいある人物が語る1「先生の机には預金通帳の束が無造作に置いてあり、先生はよくその通帳を眺めていました。製薬メーカーからの入金をチェックしてたのだと思います」

 

 この人物は「このぐらいの厚さで預金通帳がありました」と述べて、一〇~一五センチほどの厚さを手で示した。この証言から、安部氏がカネで医師の魂を売り払った疑惑が色濃く浮かんでくる。メーカーからの資金で、血友病治療に関する国際シンポジウムを開き続けた安部氏は、自らの最高権威としての地位を守るためにも、メーカーから資金を求めたのではないか。その安部氏の心の中で、患者はどれはどの重要性を占めていたのか。氏は、HIVに感染させられた二〇〇〇人もの患者たちの思いを込めた刑事告発に対し「なにも恥じることはない」といいきった。ならば、ぜひ、恥じることのないその事実を逐一明らかにしてほしい。そして全国の医師は、この刑事告発を安部氏一人のものと考えず、自らにも突きつけられた厳しい問いだと受け止めてほしい。  

 

死せる友人たち

 五年にわたる東京HIV訴訟で、公問での最後の証人尋問が九四年二月七日、行なわれた。証言台に立つだのは原告患者二人である。

 

 その一人、高原洋大氏(四〇代、仮名)は、一九八三年春、妻と出かけた初めての欧州旅行で感染したと推測している。それまで使っていなかった輸入非加熱濃縮製剤を、医者から大量に渡され出血予防のために、旅行中の毎日、二度ずつ打つたからだ。

 

 旅行から戻ってなどなく、高原さんは夫人の見つけた新聞記事に驚愕した。それは致死性の高い伝染病が、アメリカ製の非加熱濃縮製剤を経て感染する可能性があるとの内容だった。

 

 高原さんは東京ヘモフィリア血友病)友の会、通称東友会の役員もしており、さっそく情報収集に入った。血友病の専門医たちに輸入非加熱濃縮製剤は危険ではないのかと問いかけると、一様に「心配はいらない」、「血液製剤を打つ危険よりも打かないで出血する危険のほうが大きい」、「安心して使用しなさい」などの返事が戻ってきた。

 

 高原さんの警戒心も専門家たちの「安全宣言」でゆるみ、彼は旅行から戻ってのちも、非加熱濃縮製剤をときおり、使用し続けたのだ。

 

 厚生省はアメリカに二年四ヵ月遅れの一九八五年七月に、ウイルスを不活性化させた加熱濃縮製剤をようやく承認した。加熱濃縮製剤の承認がこれほど遅れたのは、当時厚生省のエイズ研究班の班長をしていた帝京大学副学長の安部英氏の責任が大きいといわれている。加熱濃縮製剤で治療した血友病患者はHIVへの感染を免れており、同製剤の承認の遅れが日本での二〇〇〇人に上る大量感染の悲劇の要因である。高原さんは証言した。

 

 「帝京大学副学長室で安部先生は、自分が中心になって加熱濃縮製剤を導入したのだと誇らしげにいいました。私はトラベノール社はもっと早く加熱濃縮製剤を出せるといってましたと先生に反論しました。すると先生は『一社の製剤だけ先に認めると患者の問で奪い合いになって、手術のときなどに足りなくなったら皆さんがお困りでしよ。そんなことになったら君は切腹できるのですか』といいました。

 

 それで私は、じゃ先生は、エイズ患者が死んだら、その患者のために切腹できますかといいました。すると先生は『だから君だちとは会うのが嫌なんだ』と、いかにもウッザリといった様子でソッポを向きました」

 

 加熱濃縮製剤は本来可能なタイミングよりも遅れて承認された。そのうえ信じ難いことに、厚生省はそれ以前に出回っていた非加熱濃縮製剤を回収しなかった。回収されない非加熱濃縮製剤は医師によって患者に投与され、さらに多くの人がHIVに感染するという悲劇が起こり続けた。

 

 ちょうどそのころ、フランスから毒入りワインが輸入されていたことが判明し、厚生省は直ちにそのワインの回収と廃棄を命じた。高原さんはワインを回収して、なぜ血液製剤を回収しないのかと、怒りを込めて厚生省に掛け合った。生物製剤課の松村課長は答えたという「ワインは食品なので一般国民に重大な影響を与えるが、血液製剤は市場が限られている」

 

 「では血友病患者は国民ではないのか」と高原さんは反論したが、氏の怒りは当然だ。

 

 高原さんらは業を煮やして別の課を訪ねた。感染症対策室で応接したのは森屋課長補佐だった。非加熱濃縮製剤の回収をしようとしない厚生省の姿勢に高原さんが抗議すると、高原さんらを取り囲んだ同課の若い官僚の一人がいみじくもいっかI「そんなことこちらにいわれても困るんだよな。これは薬害なんだから。生物製剤課のしかことなんかから」

 

 なんと厚生省の役人もこれを薬害だと本音では認めているのだ。事実、医師、専門家、厚生省、製薬メーカー、彼ら全員によってこの薬害はもたらされた。そして高原さんら多くがHIVに感染した。この10年間に高原さんの友人、知人、計三一人がHIVで亡くなっている。周囲に三一人もの死者を数えることのすさましさをだれが本当に理解できるだろうか。日本全国でいえばHIVに感染した血友病患者は、九口に一人ずつ亡くなっている。厚生省と製薬メーカーはこの事実を肝に銘じて、彼らに詫び、責任をとるべきだ。

HIV訴訟の本質は殺人罪

「両親をこんな目にあわせた帝京大学付属病院。そしてそこに血液製剤を送り込んでいた製薬会社、それを放置していた国を、許せない」iこれは今日の東京HIV訴訟に提出された一〇代の少女の陳述書である。

 

 この少女は、今日だけは学校を休み、初めて自分の父親が法廷に立ち、証人尋問を受ける様子を見守った。少女の父親は血友病患者である。治療薬として帝京大学付属病院で安部英教授以下、風問睦美医師らに非加熱濃縮製剤を処方されてHIVに感染していった。

 

 今は四〇代のこの父親は、元気な頃は朝八時に工場に出て、夜は九時、一〇時まで働く頑張りやたった。だがその父親に従業員一〇〇人の工場の工場長を務めたときの面影はもはやない。父親は証言する。

 

 「私が自分の感染を知ったのは、思いもかけないところからでした。国会の労働委員会の議事録なのです。

 

 私は仕事中に骨折して、帝京大に入院しました。しかし、ただ寝かされて安静にしておくようにといわれるばかりで治療はしてもらえませんでした。

 

 骨折した足はなおらず月日だけが過ぎていきました。労災の認定を受けたいと思い申請しましたが、血友病患者というだけではダメだといわれました。それで地元の議員に頼み再度申請しました。子供二人と妻を養うためにも労災認定をしてもらうことが重要だったのです。

 

 するとこの話はなんと国会まで上げられたのです。その国会の調査で私のエイズ感染がわかり、労働委員会で報告されました。

 

 私にとっては青天の霹靂。私は直ちに帝京大に電話して尋ねました。

 

 医師はたった二言、いいましたI『実はそうだったんだよ』と。でも謝罪の言葉も慰めの言葉もありませんでした」

 

 父親は後にようやく気付いたのだ。なぜ帝京大が素人目にも手術が必要だと思われていた骨折の足を手術してくれなかったかを。HIV感染者に手術を施すことで、医師たちが二次感染することを恐れたのである。父親は骨折した足をそのままにして自宅に戻され、寝たきりで。普通の生活”をするようにいかれた。寝たきりの足の骨はさらにもろくなり、再度足は折れた。

 

 「折れるというより骨がくずれるという感じでした」と父親は訴える。

 

 そして新たな悲劇も生じていた。彼の妻、少女の母親にも二次感染していたのだ。

 

 妻は訴えた。

 

「私は神を恨みました。血友病のため健常人のように走り回ったりできない夫が、骨折のあげくHIVにまで感染していたのですから。

 

 それだけでも十分すぎるほどの仕打ちなのに、私まで感染していたなんて。人はいつかは命が尽きることがあるといっても、HIV感染は人の手による犯罪なのですから、諦め切れません。万一の場合、娘たちはどうしたらよいのでしょうか」

 

 法廷内は静まり返り、傍聴人の中には目頭を押さえる人もいた。

 

 今日の法廷にはもう」人、二〇歳になったばかりの青年も証人として出廷した。両親の愛情をいっぱいに受けて育ったことを感じさせる優しい面影のこの青年はいった。

 

 「人を愛するというか、結婚のことなどはつとめて考えないようにしています。僕の場合、自分に残された時間が短いということがあります。後に残される人のことを考えると、結婚はしないほうがよいと思います。

 

 それに深い付き合いをするということは、殺人行為だと思うので考えないようにしています」

 

 弁護士が「ウイルスをうつすことが殺人行為と思うので考えないようにしているのですか」と尋ねると、青年は「そうです」と答えた。

 

 傍聴席で隣に座っていた青年の父が鳴咽を漏らしかけ、奥歯をかみしめて辛うじてこらえた。この青年をはじめ二〇〇〇人に上る血友病患者を感染させた非加熱濃縮製剤、その輸入にかかかった製薬メーカーも厚生省も、訴えられているのは民事裁判である。が、その本質は、“殺人罪″に聞かれているのだということを自覚すべきである。 

 

薬害に見る政府と企業の姿勢

 またもや薬害エイズか、と一瞬心臓が凍るような思いをしたのが、ヒスタグロビンに関するニュースだった。

 

 ヒスタグロビンはアトピー性皮膚炎やアレルギー性の鼻炎の注射用治療薬として輸入されているものだ。原料は血液成分の一種、グロブリンを用いている。

 

 ドイツのUBプラズマ社が、十分エイズ検査をしないまま大量の血液成分を輸出していたことがわかり、ドイツはもちろんのこと、UBプラズマ社の製品の輸出先であるヨーロッパ各国がパニックに陥った。

 

 日本の厚生省は、日本にはUBプラズマ社からの血液成分や、それを材料としてつくった薬は、一切輸入されていないといったんは発表した。しかし、間もなくこの発表を取り消し、実は九二年の一月からこれまでに、一四〇万本に上るUBプラズマ社の血液成分で製造したヒスタグロビンを輸入していたと発表したのだ。

 

 ヨーロッパのパニックから三週問以上遅れていた。しかも訂正は、厚生省やヒスタグロビンの販売元、日本臓器製薬が自ら調査してのものではない。同社にヒスタグロビッを輸出してい  るスイスのビオバザール社が通知してきた結果だったのだ。

 

 現代の最先端医療は、技術面でも素材面でも国境を超えて複雑なルートで入ってくる場合が多い。ヒスタグロビンの場合も、日本臓器製薬はこれをスイスのビオバザール社から輸入していたが、その製造素材である血液成分をオーストリアのイムノ社から購入していた。そしてこのイムノ社が実は、問題となったドイツのUBプラズマ社から血液成分を買っていたのだ。

 

 ここで思い出すのは、日本臓器製薬も厚生省も、かつて輸入血液製剤エイズ汚染の危険ありと指摘されたのに、その警告を検証せずに非加熱濃縮製剤の杣人を続け、その結果、多くの血友病患者をエイズに感染させたことだ。そしてその結果、厚生省も日本臓器製薬も今、東京HIV訴訟の被告の席に座らされていることを忘れてはならない。

 

 すでに犯した過ちに思いを至すならば、今回のヒスタグロビンに関しての両者の姿勢はなんとしたことか。ほとんどなんの調査もせず「ドイツのUBプラズマ社の血液もその血液でつくった薬も日本には入って来ていない」と宣言した。いったいどういう厚生行政であり企業姿勢だろうか。本来ならば、いち早く輸出元をたどって自社製品の血液の出所を調べるべきであろう。そのような努力をした跡が今回まったく見られなかったことは、厚生省、そして日本臓器に代表される製薬メーカーは、これからも薬害を引き起こし続けるだろうということだ。

 

 薬害といえば前例のないほどの被害がヘルペスの治療薬ソリブジンによって引き起こされたばかりだ。九月三日の発売後間もなく、ソリブジンの副作用で死亡したと思われるケースが続出した。調査をしてみると、発売後わずかIヵ月で一四人が死亡していたことがわかった。

 

 問題のソリブジンは臨床段階から抗ガン剤と併用すると白血球が急激に減少することが判明していたが、取扱い説明の欄には単に「抗ガン剤との併用を避けること」とのみ記載されていた。さりげなく書かれたこの説明書からは、死をもたらす副作用が起きることは、推測し難い。また、ガンの告知の是非について世論の分かれている日本で、ガン患者のすべてが自分のガンについて知っているとは限らない。だとすれば、ヘルペスの治療にソリブジンを投与しようとする医師は、患者が抗ガン治療を受けていることを知る術がないともいえる。つまり、ソリブジンと抗ガン剤の危険な組み合わせを避ける道は確立されていないということだ。

 

 このような医療風土に十分考慮せず、強い副作用のあるソリブジンを承認した厚生省、副作用を甘く評価した製薬メーカーの姿勢こそが薬害の温床である。ヒスクグロビンをめぐる両者の責任と併せて、医療行政および業界の姿勢は厳しく間われるべきだ。

初めて法廷に立ったHIV患者の痛みの声

 九三年一〇月中旬、東京HIV訴訟の行なわれている東京地裁一〇三号法廷には、いつもとは違って大勢のマスコミ陣が詰めかけていた。一九八九年一〇月の提訴以来、まる四年を経て最終局面にさしかかったこの裁判に、初めて、HIVに感染した原告血友病患者が姿を現わすからだ。

 

 血友病治療薬として処方された輸入濃縮製剤によってHIVに感染させられた患者たちが、厚生省と製薬メーカーを被告として起こしたこの東京HIV訴訟は、原告全員が匿名というかつて例のない特異な形式の裁判だ。

 

 裁判はこの日も、おそらく史上初といってよい状況の中で進んでいた。

 

 午前一〇時の開廷に伴い、原告弁護団が四年間の法廷での戦いを総括した。

 

 三〇〇ページを超える原告代理人の準備書面が提出され、その要旨の朗読が終かったところで、傍聴人全員に退廷が命じられた。再び傍聴席に戻った人々が目にしかものは、巨大な衝立である。証人席に、コの字形にめぐらされた衝立は、その中に音もなく静かに座っている原告を、傍聴人からも、取材のマスコミからも、決して覗き見られることのないように守っていた。

 

 魚住庸夫裁判長が述べたI「このようなかたちを取ることは、おそらく日本の裁判史上初めてのことです。これは原告本人のプライバシーを守り、かつ原告が裁判を受ける権利を保障するためのギリギリの調整の結果です。それを傍聴の皆さんにご理解いただきたい」

 

 裁判長の言葉は、HIV感染者が感染の事実を周りに知られた途端に厳しく根強い偏見に直面せざるをえない日本の社会の現状を、裁判所がよく理解していることを示していた。

 

 衝立の陰から原告が語り始めた。

 

 「私は今二五歳、大学院の学生です。第五次原告を代表して私のおかれた状況を説明し併せて私の意見を述べさせていただきます」

 

 若いが落ち着いた声だ。彼は中学三年生のときにエイズのことをラジオのニュースで聞いた。以来常に心配していたが、その不安は東京医大の医者の「大丈夫だ。安心しなさい。任せなさい」との言葉で打ち消されてきた。彼は非加熱濃縮製剤は大丈夫かと質問したが、医師は「どんどん注射しろ」と述べたとその無責任ぶりについて語った。

 

 打ち消しえない不安に悩みながらも彼は医師の指示に従って非加熱濃縮製剤を使い続けた。そして一浪を経て大学入学を果たしたときに、告知をしてくれない東京医大に見切りをつけて東京大学附属医科学研究所を訪れたのだ。結果は無残にも陽性(感染)たった。

 

 「私は言葉を失いました。話か違うと胸の中で叫んでいました。・……私は東京医大の医者と看護婦によって感染させられたのです。医者は何度聞いても『大丈夫』と言ったのです。

 私を裏切った東京医大の医者たちへの怒り、恨み、悔しさは増していきました。しかし、実際には、私は激しい脱力感に襲われ、医者たちにこぶし一つ振り上げることもできないでいました」

 

 以来、彼は人間嫌いに陥り、およそだれとも囗をきかなくなる。だが、絶望に打ちのめされたこの青年が今、勇気をふるって法廷に立った。

 

 「血液製剤が危ないと知りながら、これをわざと見過ごした医者、役人、製薬会社の人たち、みんな私と一緒にエイズで死んでください。エイズという重い十字架を背負って、その下につぶれて死んでください。これが私の偽らざる気持ちです」

 

 青年の訴えが静寂の法廷に淡々と響く。

 

 「こんな運命があるのか。自分は二〇いくつで死ぬために生まれたんじゃない……」

 

 感情をコントロールした彼の訴えに被告代理人の表情もかげった。この青年の後ろには、二〇〇〇人が、同様の運命を背負って辛うじて生きている。その事実を思い、被告側は一目もいく判決が出るように協力してはしいと思った一日だった。  

継続的なニトログリセリン投与では梗塞サイズが増大する

1千万人近くの米国人が急性冠症候群や狭心症、急性MIまたはそれらの関連疾患を患っている。この患者の多くに対してニトログリセリンが処方されているため、ニトログリセリン使用関連のリスクは、何百万人という人々に影響を及ぼしているのかもしれない。ニトログリセリン間欠投与などの臨床計画は、薬剤の血管拡張作用に対する耐性を最小限に抑える上で効果的であるものの、ニトログリセリン耐性による他の影響、たとえばALDH2不活化を原因とするMI傷害の増加リスクなどに関しては明らかとなっていない(1)。硝酸エステルの長期安全性および有効性を調査する二重盲検プラセボ対照試験は今までに実施されたことがないものの、後ろ向き研究ではナカムラらが北米とイスラエル、および日本を対象にして、急性冠症候群の症状から回復した3000人近くの患者の記録を分析した。長期間の硝酸エステル使用(追跡期間の平均は26ヶ月)は、死亡率増加と心臓死のリスク増大に関連していたが、同著者が言及したように適切な対象被験者が不足し、さらに重度疾患患者には硝酸エステルを多用する潜在的な傾向があったため、この研究は限定的なものにすぎなかった(11)。
本試験において我々は、ラットに対する持続的なニトログリセリン投与が、MI後の梗塞サイズ増大と左室内径短縮率低下をもたらすということを明らかにした。仮にこれをヒトで確認した場合には、継続的なニトログリセリン投与(救急治療室における急性冠症候対象の静脈投与など)を受けている患者がMIを発症させると、心損傷の程度が通常のMIの場合よりも大きくなるという可能性が出てくるため、多くの臨床現場で行われている持続的なニトログリセリン投与に関しては、その有益性を再調査する必要がある。さらに我々は、細胞内の毒性アルデヒド付加体を取り除く酵素ALDH2」の不活化が、ニトログリセリンによって誘発される心毒性を高めるということも示し、虚血心筋に対するニトログリセリンの有害作用を防ぐ方法を見出した。特にALDH2活性化剤のAlda-1は、MI後におけるニトログリセリン誘発性の梗塞サイズ増大と、それに関連する心機能低下を抑制していた。この結果はヒトを対象にして実証しなければならないものの、ニトログリセリン投与を長期間受けている患者に対してはAlda-1などのALDH2活性化剤との併用投与が、ニトログリセリン耐性関連の傷害率を低下させる上で有効となる可能性がある。

急性冠症候群またはMI発症後の継続的なニトログリセリン注入を受けるために入院したヒト患者を想定し、我々は連続投与の時間(16時間)を選択した。表S2で示したように、この連続投与はニトログリセリン介在性の血圧低下に対する耐性を引き起こした。しかし、患者によってはニトログリセリン耐性が早い段階で現れることがあるため、将来的には耐性の早期発現結果を調査する必要がある。その一方、急性ISDN投与(2時間)による血圧低下は、ニトログリセリン投与によるものと同程度であったが(表S1BおよびS2B)、持続的なISDN投与(16時間)では収縮期および拡張期血圧が10%以上低下し続けたため、ISDNの16時間連続投与後における血管拡張への耐性は、ニトログリセリンの場合のものよりも低いということが明らかとなった(表S3)。このデータは硝酸エステルへの高い耐性に対して、虚血傷害が関連しているという可能性を示唆している。さらにISDNニトログリセリンと違ってALDH2活性の抑制をもたらさず、in vivoでMIによる心損傷を増加させなかった。そのため、ニトログリセリンまたは他の硝酸エステルの連続投与後における末梢血細胞(12)などのALDH2活性レベルを見れば、虚血発症後の心臓状態を予測できるかもしれない。ヒトに対して適用できる場合、虚血心筋に対して臨床的に用いられる有機硝酸エステルはその効果がさまざまであるため、ISDNは連続投与において優先的に使用されることになると思われる。
この試験は他の臨床結果とどのように合致しているのか。ヒト冠動脈形成術による虚血症状の発現前24時間のうちに、ニトログリセリンの連続投与を終了させたところ、虚血傷害(ST部分の上昇をもとに測定)が65%減少したとLeesarらは発表している(13)。Goriらはヒト被験者における一過性四肢虚血後の前腕血流量に着目し、それに対するニトログリセリン短期およぶ長期投与のそれぞれの有害作用を報告した(14)。Leesarらの血管形成術試験結果と同様にGoriらの報告では、ニトログリセリン投与後24時間のうちに虚血が生じた場合、ニトログリセリンの2時間投与が前腕血流量の減少を防ぐということを示している。しかし、虚血発症直前の7日間にわたってニトログリセリンを継続的に投与していた場合には、ニトログリセリン非投与で四肢虚血を呈した対象被験者の場合と比較して、前腕の血流がより悪化することになる(14)。彼らと我々のデータは、虚血発症までの長時間にわたる持続的なニトログリセリン投与が、酸化ストレスによる損傷を増加させ、組織傷害の増加をもたらすという点で一致している。その一方、ニトログリセリンの短期投与や、虚血発症のしばらく前に終了したニトログリセリン投与は、細胞保護の経路を活性化する可能性がある(13)。患者にとってこの結果は、ニトログリセリンへの継続的暴露が望ましくないかもしれないことを意味するが、その理由は、同暴露の有益性が消失すること(耐性の発現)だけでなく、それによって重要な心保護酵素ALDH2」の活性が低下し、その結果として虚血関連の傷害が悪化することにある。
ニトログリセリン連続投与がどのようにALDH2不活化を引き起こすのかについても、我々は調査を実施した。ニトログリセリンと、ISDNやS-ニトロソグルタチオン(GSNO)などの構造的に無関係な他のNO供与体は、in vitroでALDH2を不活化することができるため、NOがALDH2不活化反応を仲介することが考えられる(図.S2)。さらに、ISDNはin vivoニトログリセリンほどALDH2を阻害しなかったため、我々はこのNO介在性のALDH2不活化が、NOによるALDH2触媒経路へのアクセスによって決まると推測している。ALDH2の基質であるニトログリセリンALDH2によって代謝されるため、触媒反応で生成したNOはその結合部位の重要なアミノ酸と相互反応してALDH2を不活化しているのかもしれない。その一方でISDN由来NOはニトログリセリンから生成したものと比べて、ALDH2触媒経路においてより低い濃度下の拡散でALDH2に到達する。このISDN由来NOの特質は、ISDNによるNO介在性ALDH2不活化の確率を低下させるため、持続的なISDN投与がin vivoMI後にALDH2不活化や心損傷増加をもたらさない理由を説明するものかもしれない。

NOはどのようにALDH2を不活化するのか。ニトログリセリンISDNによって誘発されたALDH2不活化に関しては、還元剤「ジチオスレイトール(DTT)」を用いてin vitroで完全に抑えることができたため(図.S3)、我々はALDH2の触媒活性を決定するシステイン(たとえばCys302)のSNO化反応(15)などのNO介在性酸化反応が、ALDH2阻害作用をもたらすのではないかと主張している(16)。過去の試験においては、NO誘発性の酵素不活化におけるシステインの重要な役割を実証してきた(17)。ALDH2システイン残基の酸化による酵素活性の喪失は、酸化ストレスがニトログリセリン耐性の発現に寄与するという確かな結果と一致している(3、4)。ALDH2とAlda-1の複合体を対象とした結晶解析では、触媒経路におけるシステインへの接触が、Alda-1によって減少するということが明らかとなったため、Alda-1にはニトログリセリン誘発性のALDH2不活化を防ぐ効果があるのかもしれない(16)。しかし、ニトログリセリンALDH2の他の部位に作用していることが十分考えられるため、正確な作用機序をさらに解明していく必要がある。
Alda-1はin vitroにおいて、ニトログリセリンからNOへの生物変換反応をわずかに抑制することがある(18)。狭心症患者に対するNOの医学的メリットを考慮するとそれは望ましいことではないが、ニトログリセリンと併用したAlda-1はin vivoにおいてラットの血管拡張を抑制しなかったため、Alda-1はinvivoにおいてニトログリセリンからNOへの生物変換反応を大きく抑制しないことが考えられる。その上、ニトログリセリンと他の2つのNO供与体、あるいはALDH2によって生物活性化しないNO供与体などの長期投与では、Alda-1がALDH2不活化を抑制することがわかった。Alda-1がALDH2活性を保護し、ALDH2によるニトログリセリン生物活性化を抑制するという可能性は低いため、Alda-1には心臓に対する有益性がないかもしれないが、我々のデータは、重要なシステインニトログリセリン化(SNO化)反応抑制によるNO誘導性のALDH2不活化を、Alda-1がALDH2の触媒経路において防ぐという可能性を支持するものである。
そして最後に我々は、持続的なニトログリセリン投与が、MIのみのラットと比較してMI後の心筋におけるタンパク質のカルボニル化(毒性アルデヒド-タンパク付加体)を5倍増強することを見出した。Chenら(4)が実証したようにニトログリセリンは、この毒性アルデヒドを取り除く重要な酵素ALDH2」を不活化する。3-リン酸デヒドロゲナーゼ(19)や20Sプロテアソーム複合体(20)などの重要な酵素は、このアルデヒド付加体によって不可逆的な機能障害に陥ることが多い。ニトログリセリン耐性はさまざまな酸化ストレス(3)に関連しているが、本試験において我々は、虚血心筋におけるニトログリセリンと有害なアルデヒド-タンパク付加体との間の関連性を特定した。また、ALDH2阻害後にミトコンドリアに蓄積するニトログリセリンは、タンパク質酸化と呼吸器系障害の直接的な原因という可能性がある。ニトログリセリン耐性をアルデヒド負荷および心損傷増大へと関連付ける正確なメカニズムは依然として明らかにされていない。我々はさらに、Alda-1とニトロプルシドの併用投与がニトログリセリンによるタンパク質カルボニル化増加を抑制することを明らかにし、ALDH2活性化が心筋を酸化ストレスから保護する可能性を見出した。変異ALDH2(アジア系変異)を保有するトランスジェニックマウスではそのグルタチオン値が高く、酸化ストレスに対する耐性が野生型マウスのものよりも強いため、これは代償的な代謝リモデリングによる結果と思われる(21)。この結果と我々の試験結果は、ALDH2複数の経路を通して細胞内の酸化ストレスを制御する可能性を示しているが、そのメカニズムに関してはさらに解明していく必要がある。

我々の動物試験ではニトログリセリン耐性が、MI誘発性の心筋損傷を悪化させることが明らかとなっている。ALDH2変異型の不活化は東アジア人の40%に見受けられ(22)、さらにこの変異型の保有者では循環器系疾患の発症リスクが高いという事実があるため(8、23)、この試験結果をヒトに対しても当てはめることは妥当と考えられる。我々の試験ではAlda-1が、野生型ALDH2を対象とした場合と同じくらいに変異ALDH2の活性低下を抑えて(10)、ニトログリセリンによるALDH2不活化を抑制することがわかった。MI患者に対するAlda-1などのALDH2活性化剤の有効性検査に加えて、循環器系疾患患者などへのニトログリセリン連続投与を再評価する臨床試験が、特に東アジア人患者を対象に実施される必要がある。
試験方法
in vivo連続投与法
動物の管理と飼育手順に関しては公共機関やアメリカ国立衛生研究所ガイドラインに従った。ウィスター系雄ラット(250~300g)のニトログリセリン耐性を誘発させるため、Nitrek経皮パッチ(0.2mg/時、Bertek Pharmaceuticals社)を用いて16時間の持続的なニトログリセリン投与(1日当たり7.2mg/kg)を行った(10)。アルゼット浸透圧ポンプ(2001D)を用いたAlda-1の継続的な注入(1日当たり16mg/kg)は、ニトログリセリン投与の2時間前に開始して18時間後に終了させた。ISDN(1日当たり16または126mg/kg)の投与は、アルゼット浸透圧ポンプ(2001D)を用いて16時間継続的に行った。溶媒のみ(容積の割合はポリエチレングリコールが50%、ジメチルスルホキシドが50%)を含むポンプを挿入した同ラット群をコントロール群とした。
左冠動脈前下行枝(LAD)を結紮したin vivoモデル
3%のイソフルランを用いてウィスター系雄ラット(250~300g)に麻酔をかけ、1.5%のイソフルランでその麻酔状態を維持した。LAD結紮の外科的手順は説明の通りである(24)。手短に言えば、1分間当たり70呼吸のげっ歯類用人工呼吸器を供試動物に挿管した。体温に関しては適当な電気毛布を用いて37℃に維持した。5-0ポリエチレン製縫合糸を使用してLAD冠動脈の周囲に結紮糸を取り付け、縫合糸をクランプ側へ締め付けて冠動脈を閉塞し、ブランチング処理で梗塞部位の確認を行った後、結紮糸を60分間緩めて再潅流を生じさせた。再潅流の終了時には心臓を切除し、塩化トリフェニルテトラゾリウム(TTC)染色法で梗塞サイズを測定した(10)。生存試験では軟部組織の締め付けに吸収性の4-0バイクリル糸を使用し、皮膚の縫合にはナイロン糸を用いた。術後2日間は1日8時間のブプレノルフィン(0.05mg/kg)皮下投与を行った。説明した通りMI後3日および2週時には、Mモード心エコー図(GEil3Lプローブ)を用いて左室内径短縮率を測定した(25)。

ALDH2酵素活性
説明した通りNAD+からNADHへの変換を340nmでの吸光度で測定し、ALDH2酵素活性を判定した(10)。分析においては10mMのアセトアルデヒドと2μgの組換えALDH2タンパク質を含む、25℃の50mMピロリンサン緩衝液(pH9.5)を用いた。測定前にはAlda-1(20μM)の有無にかかわらず上記の反応をニトログリセリン(1μM)やISDN(50μM)、あるいはGSNO(40μM)で1時間インキュベートした。我々は反応を開始させるために2.5mMのNAD+を添加した後、10分間分のNADH蓄積量を30分毎に測定した。1時間のニトログリセリンまたはISDN処理後のALDH2に対するAlda-1作用を判定するため、10分間測定の5分経過時に特定グループへAlda-1(20μM)を加えた。ラット心筋におけるミトコンドリアALDH2活性の測定では、心筋のミトコンドリア分画400μgを反応液へ直接添加し、10分間における340nmでの吸光度を読み取った。指示のある場合には反応液へのDDT(50mM)添加を行った。
タンパク質のカルボニル化
梗塞部位のタンパク質カルボニル化レベルの測定ではOxyBlotタンパク質酸化キット(Millipore社製)を使用し、その際には製造会社のマニュアルに従った。心筋のカルボニル化タンパク質を表すさまざまな分子量のバンドを特定した。
低酸素下の再酸素添加後におけるin vitro細胞死測定
in vitroにおける培養心筋細胞への低酸素下再酸素添加は、説明した通りに実施した(26)。手短に言えば、24ウェルプレートで細胞を集密状態になるまで増殖させた後、4通りの方法を用いてこれを測定した。細胞をリン酸緩衝化生理食塩水で2回洗浄し、虚血症をシミュレートするために緩衝液を交換した後、GasPak EZポーチ(BDBD Biosciences社製)を用いて37℃の無酸素下で2.5時間培養した。そして虚血用の緩衝液を正常酸素濃度のクレブス緩衝液に交換し、5%CO2の培養器でさらに3時間の細胞培養を行った。細胞死の判定では前述の手順を改め、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)の放出を測定した(27)。培養液およぶ溶解液中のLDH活性の測定では、CytoTox96細胞毒性アッセイキット(Promega社製)を説明書通りに使用した。プレートの読み取りは基質添加後15分以内に吸光度λ=490nmで行った。低酸素下における培養心筋細胞へのin vitro再酸素添加によって、ラットのin vivo虚血再潅流のシミュレートがある程度可能となる。
血圧と心拍数の測定
収縮期と拡張期の血圧および心拍数の測定に関しては説明した通り、関連実験の規定に基づいて、ニトログリセリンおよび/またはAlda-1の応急投与や連続投与の前後で、tail-cuff法(BP-2000、Visitech Systems社)を用いて麻酔(3%のイソフルラン)下で行った(28)。
統計分析
すべてのデータを平均±SEMで示している。2つのグループ間の統計分析は、スチューデントの片側t検定を用いて実施した。P値が0.05未満であれば統計的に有意と判断した。

Alda-1はニトログリセリンによるALDH2不活化を抑える

ニトログリセリンとほかの有機硝酸エステルは現在でも、安定および不安定狭心症心筋梗塞(MI)や心不全の患者に対する治療で最も頻繁に用いられている(1)。ニトログリセリンはその有益な効果が、一酸化窒素(NO)へと変換されるそれ自体の能力に由来するため、冠動脈拡張による心臓への血流量増加や、静脈拡張による心負荷の減少をもたらす。しかし、継続的な治療の後に生じる耐性が、ニトログリセリンの効果を制限してしまう(3)。ニトログリセリン耐性の一因となるメカニズムには、酸化ストレスの増大や内皮機能障害、血管収縮因子に対する感受性増強などがある(3)。ニトログリセリン耐性のメカニズムに関する分子レベルの見識はChenらの研究から得られたものであり(4)、彼らはミトコンドリア酵素アルデヒドヒドロゲナーゼ2(ALDH2)が、NO放出と血管拡張をもたらすニトログリセリンの生物変換反応に必要であることを示した。しかしニトログリセリンへの長期暴露はALDH2を不活化し、ニトログリセリンの生体内活性を低下させる結果、ニトログリセリンの血管拡張作用を消失させることになる。
エタノールの中間生成物であるアセトアルデヒドを代謝することで最もよく知られているALDH2は、4-ヒドロキシノネナール(4-HNE)などの脂質過酸化産物の代謝でも重要な役割を担っている(5)。毒性の高い反応性アルデヒドはタンパク質へと付加してタンパク質機能異常と組織損傷をもたらすため(6)、ヒトにおける癌やMIなどのさまざまな疾患の原因になると考えられている(7-9)。最近になって我々は、ALDH2のアロステリック活性化剤「Alda-1」によるALDH2活性化が、虚血傷害による心損傷を抑えるということを明らかにした(10)。これはALDH2の心保護作用を示唆している。また、ニトログリセリン耐性関連のALDH2不活化によって、梗塞サイズはexvivoで大きくなった(10)。継続的なニトログリセリン治療期間中にMIを引き起こす患者が、潜在的なリスクを負うということをこれらのデータは示している。継続的なニトログリセリン注入は通常、急性冠症候群患者を対象とした救急部の血管形成術前などに行われるため、治療中に同患者がMIを発症させた場合には、心損傷リスクが増加する可能性がある。本試験ではラットモデルを用いて、持続的なニトログリセリン投与によるMI重症度の増加リスクをin vivoで調べた。
結果
NAD[ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)の酸化体]からNADH[NAD+の還元体]への変換を測定し(340nmの高い吸光度で確認)、組換えALDH2酵素活性に対するニトログリセリンとAlda-1の作用を判定するため、精製済みの組換えALDH2を用いてまず最初にin vitro試験を実施した。ニトログリセリン(1μM)を加えて1時間インキュベートしたところ、ALDH2のデヒドロゲナーゼ活性が85±3%低下した(図.1A)。後続のAlda-1投与ではALDH2活性がわずかに65%増加したが(P<0.05 対 ニトログリセリン単独投与)、この増加は中程度のもの(Alda-1投与後ALDH2活性の基礎レベル25%)であった。その一方、ニトログリセリンとAlda-1の同時投与では、ニトログリセリン誘発性ALDH2不活化が完全に阻害された(図.1A)。

持続的なニトログリセリン投与はin vivoALDH2を不活化する
我々は以前に、in vivoにおける16時間の持続的なニトログリセリン投与(1日当たり7.2mg/kg)が、ex vivoのMI(ラット摘出心臓を対象にランゲンドルフ装置を用いたところ虚血発作が生じた)と心筋ALDH活性の有意な低下をもたらすことを明らかにした(10)。この処置方法では臨床的に妥当なニトログリセリン用量および投与時間を採用し、救急治療室における急性狭心症患者対象の静脈注射治療などをシミュレートした。そして、ウィスター系雄ラットの左冠動脈前下行枝(LAD)をinvivoで結紮して虚血再潅流を誘導し、そこから得られたMIのin vivoモデルを用いて、ニトログリセリン前処理がALDH2活性を47%低下させるということを示した(図.1B)。MIの全過程(虚血とその後の再潅流)を通してニトログリセリン投与を継続したため、データはMI発生時および発症期間における心筋のALDH2活性低下を示唆している。その一方、Alda-1(1日当たり16mg/kg)との同時連続投与では、ニトログリセリンによる心筋のALDH2活性低下が抑制されたため、Alda-1がニトログリセリン誘発性の不活化からALDH2をin vivoで保護している可能性がある(図.1B)。