脳の側頭葉に直接電流を流したら

ヒトの脳腫瘍やてんかんの治療では、頭蓋骨の一部を取り除いて脳の表面を露出させて手術をする場合があります。以前には、脳手術は管座に全身麻酔を施さず、局所麻酔下に行っていました。手術中に患者の意識はあるので、医師は手術中に患者と会話することができました。想像すると怖いですね。カナダの脳外科医ペンフィールドはある若い女性のてんかん治療のため、彼女の頭蓋骨側面を切除して大脳の側頭葉を露出し、その表面のいろいろな部分においた電極により電流を流してみました。

まずある部分に電流を流していると、彼女が子供時代に、家の近くの川のほとりで過ごしたときの記憶が、まるでビデオカメラの映像を再生するように、時間の経過通りに次々と現れてきました。この映像は電流を流している間続き、電流を切ると中断しますが、しかし同じ場所に電流を流すとまた中断された場所から記憶が再現されるのでした。

側頭葉の別な部位に電流を流すと、今度は彼女が旅回りのサーカスを見物に行ったときの場面が現れてきました。さらに別な部位に電流を流すと、彼女が事務所で仕事をしているときの場面が現れてきました。なお、彼女はこれらの再現された記憶が、いずれも実際に過去に体験した事実であることを確認しました。つまり、心理学者の定義でいえば、彼女の大脳に保持されていた記憶痕跡は、まず側頭葉に流した電流により想起され、次いで再現されたのです。

この驚くべき報告は、われわれの大脳中に記憶痕跡がテープやディスクに相当する場所に刻み込まれており、側頭葉に電流を流すことによりいろいろなところから読み出され始めたことがわかります。その後、脳手術は全身麻酔下に行われるようになり、ペンフィールドのような報告は現れなくなりました。

なお、ペンフィールドが手術した患者は、右の側頭葉を除去された結果、てんかんは全快し、記憶には異常がみられませんでした。これに対し別なある患者は、てんかん治療のため左右の側頭葉を除去した結果、新たに物事を記憶する能力を失いましたが、以前の古い記憶は損なわれず、昔のことをよく覚えていたといいます。

これらの結果は、側頭葉が記憶の呼び出し口であるとともに、記憶される出来事の入り口とも関係があることを示唆しています。しかし、記憶が刻み込まれている場所は不明です。